『理念と経営』WEB記事
逆境!その時、経営者は…
2026年2月号
会社の名を絶対になくしてはならない!

株式会社ビジョンメガネ代表取締役社長 安東晃一 氏
業績低迷から民事再生法適用へ――。矢面に立ったのは、生え抜きの社員から社長に就任した安東晃一さんだ。壁を乗り越える支えとなったのは、創業時から積み上げてきた「信頼」だった。
運命的なものを感じ社長を引き受けた
入社試験で、最後の社長面接も無事終わり部屋を出ようとした時、創業者である吉田武彦社長(当時)が深々と最敬礼をして見送ってくれた。
「その姿が、いまも鮮明に脳裏に残っているんです」
安東晃一さんは、これが入社の決め手だったかもしれません、と冗談めかして言った。
入社は1996(平成8)年。ビジョンメガネ(大阪市西区)を志望したのは、テレビCMも流れ、関西ではよく知られている企業で、きっと信頼できるに違いない、と思ったからだ。
その前年に起きた阪神・淡路大震災では、社員が神戸の三宮本店に集まり避難所を回って必要な人に老眼鏡を無料で配り、割れたメガネのレンズも無料で交換したという。
入社後、このことを知った。働くなかで、創業者がどれだけ社員や取引先を大切にしているかも、よくわかった。接客も丁寧で、顧客からの信頼の厚さも感じた。“いい会社に就職できてよかった”と、安東さんは心から思ったという。
入社したのは、関東や九州に本格的に店舗を拡大している時期だった。入社5年目の2000(同12)年には当時のJASDAQに上場。ところが、その頃を頂点に売り上げに翳りが出てきたのだった。
「ちょうど同時期に、メガネを一式5000~9000円といった格安で販売する形態の店が生まれてきたんです。これが業界全体の価格を下げたんです」
ビジョンメガネも、そうした流れのなかで価格競争に巻き込まれた。
「私の実感では04(同16)年くらいから、ずっと赤字が続いていたように思います」
安東さんは09(同21)年、37歳で取締役に抜擢される。株主や投資家に対して投資判断に必要な情報を提供するIR 担当になった。ところが、その年に上場廃止に追い込まれ、赤字も年々増えていった。
そして11(同23)年。当時のビジョンメガネの社長から後任の社長に、との内示を受けたのだ。
「自分には荷が重いと、お断りしたんです」
すると、社長がホワイトボードに線を引き、あみだくじをつくり始めたという。くじを引くと、見事に“花丸”の当たりだった。
「何か運命的なものを感じて、『やります』と返事をしました」
新卒で入社して以来、ずっとビジョンメガネで育ててもらった。本当に大好きな会社だ。なんとかビジョンメガネの名前を残せるようにしたい。それがこれまでの恩返しだ――。
と、安東さんはその時の思いを振り返る。
取材・文 中之町 新
撮影 編集部
本記事は、月刊『理念と経営』2026年2月号「逆境!その時、経営者は…」から抜粋したものです。
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