『理念と経営』WEB記事
巻頭対談
2026年2月号
人と人のつながりを、自己革新の力に変える

株式会社浜野製作所 代表取締役会長CEO 浜野慶一 氏(右) × ジャーナリスト 勝見 明 氏
高い技術力と挑戦心で「リアル下町ロケット」と称される浜野製作所。下請けから開発提案企業への転換を図り、いまでは多彩な人と技術が集う「ハブ」としての役割も担う。紆余曲折を越え未来を拓いた浜野氏ならではの、変革のヒントが満載の対談―。
「おもてなしの心」を
理念に掲げる理由とは
勝見 御社のトレードマークになった赤いジャンパーのユニホームが、よくお似合いですね。
浜野 ありがとうございます。これは僕にとっての正装です。2018(平成30)年に天皇(現上皇)陛下に弊社をご視察いただいた時も、この服装で陛下をお迎えさせていただきました。
勝見 御社は、町工場のスケールを超えた幅広い活動で知られています。電気自動車「HOKUSAI」や深海探査艇「江戸っ子1号」の開発に産官学連携で携わったり、たくさんのスタートアップを支援されたり……。業績も好調で、『理念と経営』読者の中小企業経営者にとっては範となる存在かと思います。
浜野 いやいや、恐縮です。
勝見 大きな転機となったのが、2000(平成12)年に本社工場が火事で全焼してしまったという逆境体験でしたね。
浜野 はい。僕にとっては原点になっています。うちの経営理念も、火事による倒産危機を乗り越えた体験から生まれたのです。
勝見 《「おもてなしの心」を常に持ってお客様・スタッフ・地域に感謝・還元し》という言葉から始まる理念ですね。サービス業や飲食業ではなく、製造業で「おもてなしの心」を理念に掲げているのはユニークな感じがします。
浜野 製造業も商売である以上、「おもてなしの心」が何より大事だと、僕は考えています。それと、火事の時にはお客様・スタッフ・地域の皆さんに応援していただきましたから、その恩返しをしていきたいという思いが、理念に込められています。
勝見 火事の最中から、浜野さんはすでに代わりの貸し工場を探したそうですね。火事は「もらい火」(延焼)だったから御社に責任はないわけですし、すぐに仕事を再開できなくても周囲は許してくれたと思うのですが……。
浜野 職人肌の父親が、生前、「お客様に迷惑をかけて発展する商売なんか、一つもねぇんだ」と言っていたのを、その時に思い出したんです。納品が遅れるほどお客様に迷惑をかけてしまうので、火事を見にきた野次馬をかき分けて近所の不動産屋に駆け込みました。
勝見 お父さんの職人魂を、知らぬ間に受け継いでいたのですね。
浜野 ええ。父は根っからの職人でした。
実は、僕は成人するまで家業が嫌いだったんです。当時は家族経営の零細町工場で、両親のやっている仕事が尊敬できませんでした。両親には学歴もなかったし、「他に何もできないから仕方なく町工場をやっているんだろう」と思っていました。
でも、大学4年で就活をしていた頃、父に誘われて初めてサシ飲みをしたんです。
その席で父は「後を継いでくれ」とは一言も言わず、「ものづくりは誇り高い仕事だ」ということだけを熱く語り続けました。僕はそのことに衝撃を受けて、後を継ぐ決意をしたんです。
町工場の仕事の「誇り」を、初めて実感した日
勝見 御社の経営理念にも「誇り」という言葉が入っていますね。
浜野 ええ。理念をつくったのは火事から3年後のことでした。その頃、「この会社は何を目指しているのか? どういう会社でありたいのか?」を根本から考える必要があると痛感して、経営理念についていろいろと勉強をしていたんです。これまでの印象的な出来事を踏まえて理念をつくろうと考えて、最初に思い浮かんだのが火事のことでした。「誇り」という言葉を入れたのは、父の言葉が念頭にあったからです。
構成 本誌編集長 前原政之
撮影 鷹野 晃
本記事は、月刊『理念と経営』2026年2月号「巻頭対談」から抜粋したものです。
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