『理念と経営』WEB記事
企業事例研究1
2026年2月号
常に攻め続ければ、 必ず活路は拓ける

味のちぬやグループ 代表 今津 秀 氏
コロッケなどの業務用冷凍総菜で圧倒的なシェアを誇る「味のちぬや」グループ。かつて「下請け」に甘んじていた同社が、いかにして全国区のブランド力を獲得するまでに至ったか―
下請けのままでは「将来性がない」
観音寺市や三豊市を中心とする香川県西部は、冷凍食品関連の産業が盛んな地域である。
かつては「加ト吉」(現テーブルマーク)がその中核を担っていたが、本社が東京に移ってからは「味のちぬや」グループがその役割を果たしているという。
「最盛期の1970年代には30社くらいありました。ここはもともと冷凍食品発祥の町なんです」
味のちぬやの会長で、ちぬやグループの代表である今津秀さんは、そう話す。
創業は1976(昭和51)年。父の虎太郎さんが、東京にいた今津さんを呼び戻し、ちぬや冷食を設立した。“ちぬや”は今津家の昔からの屋号で、「ちぬ」は黒鯛のことだという。
― 会社を創業された時、お父さんは70歳だったそうですね。
今津 そうなんです。東京で会社勤めをしていた私に会社を持たせたいという気持ちが強かったのかもしれません。
― 翌年から加ト吉の仕事を始められました。
今津 はい。加藤さん(「加ト吉」創業者の加藤義和氏)と父の仲が良かったので、冷凍のかき揚げを作る仕事ならということで、孫請けでしたが仕事をもらったんです。かき揚げは野菜を切って成型して揚げるという、なかなか面倒な商品でした。当時はマイナーな商品で数も出ない。それでも合理化してコツコツやっていました。
― 転機は81(同56)年、親請けの会社が倒産した時ですね。
今津 加藤さんから直で下請けをやらないかといわれたんですがお断りしました。父に「独立しようと思う」と話すと、最後には「お前の好きにやれ」と折れてくれました。
― 勝算はあったんですか?
今津 ありませんでした。だけど、いつまでも下請けで甘んじていてもしょうがない。自社ブランドをつくっていかないと企業として将来性がない。そう思ったんです。
― 軌道に乗るまでは、どんなご苦労がありました?
今津 独立した時は社員も60歳前後の女性が20名ほどでした。
誰が見ても無謀だったと思います。そんな中でガムシャラに営業に回りました。いろいろ応援してくれる人もいて、助けてもらいました。
― 具体的には?
今津 例えば、神戸のN商店さんです。「1割、値段を安くしてくれるなら買うよ」と言ってもらえました。ずっと孫請けをやりながら生産性を上げてきていましたから、他社の1割くらいは何とかできる範囲でした。
― 独自の商品も開発されてこられたんですか?
今津 やりました。といっても、自分一人で“こうしたら美味しいンちゃうか”“この商品はイケるンちゃう”とあれこれ考えて作るだけでしたが……。中には売れるものができたりするんです。
― どんな商品でしょう?
今津 そうですね。「ハムエッグフライ」とかは売れましたね。近所の養鶏所の親父さんから商品にならない小さな卵をもらってきて、ハムの上で割ってフライにしたんです。なかなか美味しいんです。
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取材・文 中之町 新
撮影 丸川博司
本記事は、月刊『理念と経営』2026年2月号「企業事例研究1」から抜粋したものです。
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