『理念と経営』WEB記事

一生懸命な姿を私は見てきたから

株式会社オアシス・イラボレーション 代表取締役兼CEО 川渕誉雄 氏

産業廃棄物処理法違反の容疑で、全国的なニュースに――。高知県に根ざし、頼られてきた家業への風当たりは一変した。失った信頼を取り戻すため、23歳の若き後継ぎがマイナスからのスタートを切る。

親父があんなに塞ぎ込むなんて

高知県で土木工事や解体工事、廃棄物処理などを行う会社を祖父の好一さんが創業したのは、1960(昭和35)年のこと。自分の山に造った廃棄物最終処理場は県で第1号のものだったという。

会社を父の豊孝さんが継いだのは94(平成6)年だった。地球環境保護への意識の高まりから、循環型社会を目指して廃棄物の規制が強化されるようになった頃である。

2002(同14)年に、川渕さんが父の会社に入社した。高校を1年で中退して祖父の勧めで奈良の運送会社に3年間勤務した後、地元に戻ってきた時に父から声を掛けられて働き始めたそうだ。

「営業をしていたんですけど、一つひとつ仕事を覚え、お客さんとコミュニケーションをしていくなかで、だんだん仕事の楽しさを感じていきました」

そうして3年が経った05(同17)年、思ってもみない事件が起きた。産業廃棄物処理法違反の容疑で、父が書類送検されたのだ。

「産業廃棄物は分別・減量・無害化という中間処理をして処分場に埋めることが義務づけられるようになっていたんですが、これまでの慣習で処理をせずに埋めたこともあったようで、それを告発されたんです」

全国的に大きなニュースになったという。深い自省のなかで、父は事業継続のために、分社化し新しい会社にすることを決めた。解体工事部門を長男の川渕さんに、処理場を次男に任せたのだ。

「あんなに塞ぎ込んでしまった親父の姿を見たのは初めてのことでした」

川渕さんは、静かにそう言う。父の豊孝さんは、とても気丈な人物だったそうだ。それだけに憔悴した姿が強く心に焼きついた。

「祖父が起こして親父が継いだ会社です。一生懸命に仕事をしてきた姿をそばで見ていたし、こんなことがあった後も辞めずに残ってくれた従業員たちもいました。彼らのためにも、このまま会社をつぶすわけにはいかないと思ったんです」

先が見えない7年間「犯罪者の息子」と言われても

新会社は、マイナスからのスタートになった。

父は埋めた廃棄物を適正化するために自社の処理場を掘り返し、違反投棄物を引き揚げては中間処理を依頼し、埋め直すという作業を続けた。

「年商10億ほどの会社です。自由に使える資金はわずかしかなかったと思います。それはすべて違反の是正に当てるしかありませんでした」

手持ちの資金はほぼゼロ。新会社の経営資産は社屋や機材、そして約50人の従業員だけだった。川渕さんは、“ともかく当たり前のことを当たり前に着実にやっていこう”と考えた、と話す。……

取材・文 中之町 新
撮影 編集部


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本記事は、月刊『理念と経営』2026年1月号「逆境!その時、経営者は…」から抜粋したものです。

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