『理念と経営』WEB記事

「感謝と怖さ」を自覚し、素直な心を持ちなさい

松下電器産業株式会社(現パナソニックホールディングス) 第4代社長 谷井昭雄 氏

松下電器産業の第4代社長を務めた谷井氏は、創業者である松下幸之助氏から直接薫陶を受けた一人だ。「経営の神様」から得た学びについてお聞きした。

企業の原点は社会に貢献すること

――谷井さんにとって「松下幸之助」という人はどのような存在なのでしょう。

谷井 私は33年間にわたって松下創業者に仕えました。両親をはじめいろいろな人にさまざまなことを教わりましたが、最も身近で、かつ期間も長く教わったのは創業者です。大変、大きな存在で、学ぶことは実に多く、私は人生に大きな意義と役割を得ることができました。私にとって最大の幸せです。

――例えばどのような教えを受けられたのでしょう?

谷井 創業者はある時、「感謝と怖さを知れ」と言いました。自社の商品やサービスを受け入れてくれる社会があるから自社の事業は成り立っている。自分だけの利益にこだわって社会を軽視すれば、しだいに事業は評価されなくなる。企業は自らの努力によって事業を展開し利益を得ているけれども、しかし事業は自分の努力だけで成り立つものではない。

自分の力だけで儲かっている、発展していると思っていたら、やがて社会から評価されなくなる。社会の目は常にある。それが「怖さ」でしょう。そういう怖さを自覚し、社会に感謝しなさいという意味で「感謝と怖さ」と言ったのだと思います。

――企業経営の原点ですね。

谷井 企業というのは、官製の組織でない限り、私的なものです。けれど私企業であっても、社会に貢献する働きをしなければなりません。規模の大小にかかわらず、企業はそういう責任と役割を担っています。経営者は常に社会に貢献する意識と責任を持って事業経営にあたるべきです。経営者は自分がそういう立場にあることを自覚しておかなければならないのです。

――谷井さんはそうした教えの理解を深め、経営に生かしてこられたのですね。

谷井 創業者が行ったことからすれば、ささやかなものです。人間には器の大きさがあります。私はわずかしか果たせなかったけれども、教えられたことはありがたかったです。

こまやかな気遣いで隅々まで目を配った

――谷井さんはすでに社長就任前に、ビデオテープレコーダー事業を松下電器の大きな柱に育てあげられました。

谷井 ビデオは私が事業部長の時に大きな事業の柱になりましたが、それは松下グループに日本ビクターがあったからです。ビデオテープは松下電器が生み出したものではなく、日本ビクターが開発したものです。日本ビクターは資本のつながりだけではなく、グループの一員として同志的な連帯意識を持つ、仲間としてつながっていました。それは松下創業者の思いの反映です。創業者の経営姿勢と、それによって醸成された仲間意識があったから、日本ビクターは頑張ってくれたのです。

創業者は、子会社が開発したのだから当たり前だと、その技術を取り上げるようなことはせず、日本ビクターの開発力や技術力を、敬意を持って評価しました。そして開発者には、「ごくろうさん」と言って済ませるのではなく、感謝の気持ちを示すために、創業者自ら京都に招き、もてなしたのです。

私はそのことをまったく聞かされていませんでした。創業者はすでに隠居していたにもかかわらず、本来私がやらなければいけないことをやっていたわけです。

――すごい気遣いですね。

谷井 創業者は一段高い位置からグループ全体を見て、経営体の隅々にまで気を配っていました。そうと知れば、社長である私はもっとしっかりしなければと思います。ぼやぼやしていられません。

――松下幸之助さんは事細かに教えるのではなく、谷井さんが気づくように仕向けられたのですね。

谷井 創業者からすれば、こまやかな気遣いを見せると私が気にするだろうと思っていたのでしょう。ですからこちらも「ありがとうございます」で済ませる。そんな関係でした。創業者は私に気を使わせず、私は私で自分のやりたいことをやっていました。

取材・文 中山秀樹
撮影 丸川博司


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本記事は、月刊『理念と経営』2026年1月号「特集1」から抜粋したものです。

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