『理念と経営』WEB記事

「必ずやり遂げる」 その強い意志はあるか?

株式会社STG 代表取締役社長 佐藤輝明 氏

自動車やカメラ用のマグネシウムダイカスト(鋳造)部品の加工生産を強みに成長を遂げてきたSTG(大阪府八尾市)。株式上場を果たし、さらなる高みを目指す佐藤社長の経営哲学とは。

父の「人徳」が、この仕事をもたらした

根っからの職人で技術者だった父の武幸さんが三輝ブラストを立ち上げたのは1975(昭和50)年。ビデオデッキの筐体や部品などに使われていたアルミ合金の表面加工やバリ(金属加工などで意図せず発生する突起部分)取りをする二次加工を請け負っていた。

社名には、顧客・働く仲間・社会全体の三つが輝くようにとの願いが込められているという。

そんな父の会社に2代目の佐藤輝明さんが入社したのは、大学卒業後、大手企業に勤めて5年目、94(平成6)年のことだ。
発注元からの相次ぐコストダウンの要求で、会社は債務超過に陥っていた。何とか父を支えたいという一心だったそうだ。

― 入社の翌年、マグネシウム合金の二次加工の話がきて、それが転機になったと聞いています。

佐藤 そうなんです。当時は一社依存でアルミの加工をしていたんですが、そこから脱皮したいという一念で飛びついたんです。

― そもそもの話の起こりは、どんな経緯だったんでしょうか。

佐藤 「TOSEI」という日本で一番の老舗のマグネシウムダイカスト(鋳造)の一次加工をしている会社があって、そこが大手電器メーカー向けのパソコンの筐体を量産することになったんです。

― TOSEIというと、いまはグループ企業になっている?

佐藤 ええ。いまの静岡工場です。この時がTOSEIとの出合いだったんですが、商社を通してマグネシウムで作る筐体のバリ取りなどの二次加工をやってくれる大阪の会社を探していたんです。その商社の人が、コツコツ仕事をする父の誠実なものづくりの評判を聞いて、話を持ってきてくれたのが始まりです。私は、父の人徳がこの仕事をもたらしたと思っています。

―マグネシウムの加工は粉塵爆発の危険があって手がけるところも少なかったそうですね。

佐藤 最初は、そういう知識もありませんでした。“値段もまぁまぁいいし、やってみよう”ということで始めたんですが、けっこうな頻度で小さな爆発が起こったため、後づけでマグネシウムのことを学んでいったんです。粉塵が危ないということを知ってから、父が集塵機を開発しました。マグネシウムを本格的にやれるようになったのは、それが完成してからです。

― その集塵機は、いまも使っていらっしゃるんですか?

佐藤 特許が切れたので、もう販売はしていませんが、工場では現役で動いています。

―集塵機の開発が飛躍台になったわけですね。

佐藤 その一つですね。一番大きかったのは、やはりTOSEIの子会社化です。

―2011(同23)年ですね。

佐藤 リーマン・ショックなどで経営危機に陥ったTOSEIをM&Aで子会社にしたんですが、マグネシウム部品の一次加工から二次加工まで自社でできるようになりました。その後、社名も、三輝の「S」、TOSEIの「T」、グループの「G」でSTGに変えました。

「中国進出のリスク」
「日本に留まるリスク」

STGは、マグネシウムとアルミの加工を両輪に事業拡大を続けるグローバル企業でもある。佐藤さんは、2006(同18)年に中国への進出を決断する。以来、中国を皮切りに、いまではタイ、マレーシアにもグループ会社を持つようになった。

最も新しい動きとしては、25(令和7)年9月25日、新しくマレーシアの、あるメーカーの株式を取得した。同国北部ペナン州に拠点を置く、アルミダイカストメーカーである。
すでに稼働しているジョホール州のグループ企業と連携しながら、さらなる生産稼働率の向上を目指すのが目的だ。

―中国進出のきっかけは?

佐藤 マグネシウムの加工が忙しくなってきて人材を募集したら、林君(林忠徳氏。現専務取締役)という中国からの留学生が応募してくれたんです。


『理念と経営』公式YouTubeにてインタビュー動画を公開!
(画像のクリックをお願いいたします ※毎月20日公開!)

取材・文 中之町新
撮影 丸川博司


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本記事は、月刊『理念と経営』2026年1月号「企業事例研究1」から抜粋したものです。

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