『理念と経営』WEB記事
指導者はこう語る
2025年12月号
「考える吹奏楽」 ――生徒自身が考え、行動し、人間性を培う場へ

浜松聖星高等学校吹奏楽部 音楽監督 土屋史人 氏
当初は“コンクールを目指す”という発想すら見られない部活だった。「どうしたらやる気を出してもらえるだろう」――自問自答しながら働きかけていたら、子どもたちが夢を持った。目をキラキラさせながら、練習に励むようになった。同校吹奏楽部を全国大会常連の強豪へ押し上げた、土屋史人監督の「考える吹奏楽」。
初めての成功体験をつくってあげたかった
毎朝7時。浜松聖星高校吹奏楽部の朝練が始まる。
自由参加が原則だが、ほとんどの部員が集まるという。パート練習、あるいは個人練習、それぞれ思い思いの練習をする。
月水金の朝は希望すれば監督の土屋史人さんが個別に演奏をチェックし、アドバイスをする。いつも監督室の前には長い列ができるそうだ。部員たちのやる気と向上心の高さがわかる。
「自分たちで『これをやろう』と決めて、よく練習していますよ。とてもモチベーションの高いチームになりました」
土屋さんは顔をほころばせる。音楽監督になったのは1997(平成9)年、今年で29年目になる。今では全日本吹奏楽コンクール高校の部の常連校だが、当初はまったく無名だった。
土屋さんは浜松生まれである。プロのテューバ奏者として活躍していた時、音楽教師をしている地元の友人から何校かの中学校の吹奏楽部指導を頼まれた。東京から浜松へ通う中で、当時は女子校だった浜松海の星高校(17年に共学化し、校名を浜松聖星高校に変更した)の吹奏楽部でも指導者を探しているという話があり、引き受けたのだった。
「部員は30人足らずで、楽しみながら音楽をやれればいいという感じのクラブでした」
土屋さんは部員たちに「せっかく吹奏楽をやっているんだから、全国大会を目指してみない?」と聞いてみた。「そこまでは……」「練習が大変そう」という消極的な答えが多かったそうだが、「やりたい」「コンクールで結果を残してみたい」という部員も少なからずいた。
同じ部活をやるなら何か目標を決めて、それに向かってみんなで進むほうがいい――。そう考える生徒が12人残った。
土屋さんは彼女たちに吹奏楽の楽しさを味わわせたいと考えた。
「演奏を聴いてくれたお客さんの笑顔と拍手。これを一度経験すると辞められなくなるんです」
なんとか観客の前で演奏する機会をつくりたい。そう考え、苦肉の策で演劇部の先生に相談し、昼夜の自主公演の合間にホールを使わせてもらった。1年目の終わりのことだ。100人ほどの観客の前で演奏した。ホールに響く拍手がそのままモチベーションになり、2年目は県大会に出ることができた。土屋さんも住居を東京から浜松に移し、本格的に指導を始めたのだった。
「どうしてだと思う?」生徒自身に問いかける
土屋さんの指導法の根幹は部員自身に考えさせることにある。
まだ女子校時代のことだ。
「素直でいい子が多く、言われたことはやってくれるんですが、自分で創意工夫するのは難しいようでした」
主体性を引き出し、自ら考える習慣を身につけさせたい。
そのために、みんなの発言の機会をできるだけ増やしていこうと考えた。部のミーティングでも、パート練習の後のフィードバックでも、何か質問したら全員が元気よく手を挙げることをルールにした。
「とにかく『ハイ』と手を挙げる。指名して、答えられなくても『すみません。あまり考えていませんでした』と言う。それでいいから手を挙げよう、ということです」
すると、みんなの前で答えられないのはやっぱりイヤだからと、だんだん自分で考えて意見を言うようになってきたという。
また、たとえばオープンスクールで行うウエルカムコンサートなどでは、土屋さんが曲を決めたり司会をしたりせず、ランダムに「じゃ次の曲と司会、君ね」とその場で指名するのだ。指名された部員は、咄嗟に次に演奏する曲を決め、その曲がどんな曲か紹介して、コンサートを進めていく。
「こういう修羅場を与えるんです。いつ指名されてもいいように、みんなは日頃から自然にいろんな楽曲について学んだり、考えたりするようになっていくんです」
その積み重ねの結果なのだろう。普段のパート練習のフィードバックでも、「音が近くで止まっているような気がする」「もっと遠くまで響かせるようにイメージして吹こうよ」など具体的な意見が飛び交う。
土屋さんは部員の質問に対しても、すぐに答えを出さない。「どうしてだと思う?」と問いかけ、できるだけ自分で考えさせるのだ。時に演奏法のセオリーにも疑問を投げかける。「本当にこの指で押さえなければいけないのか? それがいい演奏につながるのかなぁ」と。
土屋さんは、言う。
「できるだけ生徒たちに考えさせるのは、自分で “こういう演奏がしたい!”という思うことで、その演奏ができた時の喜びを感じてもらいたいからなんです」……
生徒たちがうまくいった時には「今こそ、自分たちはどうするべきかを冷静に考えよう」と声をかけ、逆にうまくいかなかった時には「これを機に練習を頑張れば、次のチャンスにもっと活躍できるかもしれないよ」と声をかけるという
取材・文 鳥飼新市
本記事は、月刊『理念と経営』2025年12月号「指導者はこう語る」から抜粋したものです。
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