『理念と経営』WEB記事

「人間味の魅力」が、 経営力の最大の土台に

株式会社長谷工コーポレーション取締役会長 辻 範明 氏(右)× 日本総合研究所会長・多摩大学学長 寺島実郎 氏

新築分譲マンションに特化した独自戦略で、唯一無二の地位を築き上げた長谷工コーポレーション。その快進撃の礎を築き、軌道に乗せたのが辻会長である。自社を「大いなる中小企業」と位置づけ、常に先頭に立って成長を牽引してきたその経営力の核心を、寺島氏との対談を通じて浮き彫りにする。

「現場重視」「走りながら考える」
が長谷工のDNAになっている

寺島 私は数多くの企業経営者を知っていますが、その中でも辻さんは卓越した「人間力」を感じさせる経営者だと思っています。

辻 過分なお言葉で、大変恐縮です。

寺島 長谷工は1990年代の末に大変な経営危機に陥りましたね。その真っ只中の99(平成11)年に、46歳という若さで取締役になって、危機打開の突破口を開かれたのが辻さんでした。

辻 未曾有の危機の中で他の役員が引責辞任したので、当時の私のような若手が抜擢されただけのことです。

寺島 いまも語り草になっていますが、当時、長谷工の株価は13円にまで下がったそうですね。

辻 ええ、99年1月のことで、まさに倒産寸前といってよい状況でした。そんな中で私は取締役になったわけです。

寺島 その悪い流れを、辻さんはどう変えていったのですか?

辻 私が就いた「取締役第一事業部長」という役職は、長谷工の営業マン全体を統括するポジションでした。私には、「会社の流れを変えるのは営業力や」という意識が強いのです。だから、現場の最前線に立つ営業担当たちを鼓舞して、彼らを元気にすることで危機を打開しようとしました。
当時、経営陣は旧建設省やメインバンク出身の方々で、実質上、営業の実務トップは私だったんです。だから、私が現場を動かして、仕事を取ってきて会社を再生するしかなかったのです。

寺島 まさにその現場重視の姿勢が、経営者としての辻さんの大きな特徴だと思います。

辻 それは私の特徴というより長谷工の伝統で、社員はみんな現場を駆け回るところからスタートするんです。私自身、入社したその日に机の前に座っていたら、「お前、何してるんや? 土地探しに行かんかい」と上司に怒られました(笑)。「土地探し」というのは、街の不動産屋に対する飛び込み営業です。そのくり返しで根性がつくし、話し方も鍛えられる。それが私の原点でもあるし、社員全員の原点でもあります。

寺島 営業担当だけではなく?

辻 ええ。女性も男性も、事務職の人間も、最初は街場の不動産屋への飛び込みを経験させます。いまでもそうです。飛び込み営業の大変さと面白さを肌で知るところから、キャリアを始めるわけです。そのことが、「現場重視」で「走りながら考える」長谷工のDNAになっているんです。

道の端を上向いて歩け――
誇りを忘れてはいけない

寺島 会社の伝統はあったにせよ、倒産危機で意気消沈していた人も多かった中、流れを変えたのは辻さんの卓越したリーダーシップに他ならないと思います。

辻 まあ、会社が倒産して路頭に迷ったら大変だと、全員が死にものぐるいになったということもあります。あと、そのころ同期の仲間に言われた忘れられない言葉が、「辻ちゃん、会社が株価13円でつぶれそうになっているのに、道の真ん中を歩いたらあかんな。道の端っこを上向いて歩こうぜ」というものです。危機的な状況の中でも、誇りを忘れてはいけない、と……。

寺島 名言ですね。

辻 はい。「ええこと言うなァ」と思いました。
それと、長谷工が危機を乗り越えて生き残れたのは、不動産を自分たちで探してきて、それをデベロッパー(開発業者)に持ち込んで工事につなげていくという独自のビジネスモデルが確立していたおかげなんです。普通は、デベロッパーの側が土地を買って、設計事務所が設計し、終わって許認可が取れたら、建設会社を集めて入札をして工事を発注します。それに対して、うちは自力でマンション用地を探してデベロッパーに持ち込む。デベロッパーとしては、やりたいと思ったら長谷工に発注していただけるということです。

寺島 なるほど。そのビジネスモデルのために、街の不動産屋に飛び込んで土地探しをするわけですね。

辻 そうです。普通のやり方をしていたら、株価13円の会社になんて、どのデベロッパーも発注してくれなかったでしょう。もし工事の途中で倒産されたら大変ですからね。独自のビジネスモデルがあったからこそ、うちは生き残れたんです。

「ロジカルでクレバー」だけでは、一流の経営者の域には達せない

寺島 いまどきの企業経営者には、海外のビジネス・スクールを出たとか、華麗なキャリアを持った優秀な人が多いですね。ただ、「ロジカルでクレバーだ」というだけでは、一流経営者の域には達せないと私は思います。本当の意味での名経営者には、「この人の力になってあげたい」と誰もが思うような人間味の魅力が不可欠だからです。辻さんには、そうした魅力が間違いなくあります。英語で言う「likeable person」―「人に好かれる力」を豊かに持った方なんです。

辻 恐縮です。

寺島 象徴的な例として挙げたいのは、元WBC世界フライ級チャンピオンの内藤大助氏との縁です。彼は、長谷工の社員だったそうですね。

辻 ええ。しかも私の直属の部下だったんですよ。「ボクサーになるという夢を追いかけたいので、会社を辞めます」と言ってきたので、「そうか。それなら会社を挙げて君の夢を応援するよ」と言って送り出しました。まさか世界チャンピオンにまでなるとは思いませんでしたが……。内藤には長谷工のテレビCMに長く出てもらっているし、いまでも会社のイベントなどには気軽に協力してくれますね。

寺島 現役時代に応援してもらったことを、ずっと恩義に感じているわけですね。その内藤大助氏とのつながりが象徴的ですが、辻さんは一度出会った人とのつながりを大切にされるし、その出会いを生かして一つの物語をつくり上げていく力をお持ちだと感じます。長谷工の再建プロセスでも、辻さんと個人的なつながりを持った多くの人たちが力を貸してくれたのだと思います。

構成 本誌編集長 前原政之
撮影 鷹野 晃


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本記事は、月刊『理念と経営』2025年11月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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