『理念と経営』WEB記事
特集
2025年9月号
「顧客の儲けをつくる」 ことから目を逸らすな

同志社大学大学院ビジネス研究科 特別客員教授 延岡健太郎 氏
“別次元”の高付加価値経営を実践してきたキーエンス。その圧倒的な経営基盤の背景にあるのが、「顧客が感動するほどの利益創出」を徹底的に貫く姿勢にあるという。同社を知り尽くす延岡氏に話を伺った。
「良い製品を作る」だけでは意味がない
―延岡先生は著書『キーエンス高付加価値経営の論理』の中で、同社の経営手法について詳細な分析を行っています。まず、キーエンスがなぜこれほどまでの好業績を維持できるのか、その根幹について教えてください。
キーエンスは営業利益率50%、粗利益率80%という驚異的な経営を維持しており、その水準を景気変動にかかわらず30年以上も継続しています。これは製造業においては極めて異例な水準です。というのも、高収益の大手メーカーでも営業利益率10〜15%程度、粗利益率でも30〜50%前後。まさに〝別次元〞と言っていいでしょう。
その圧倒的な違いの背景にあるのが、企業活動の目的を徹底した「顧客の利益創出」に置くという姿勢です。とりわけBtoB市場において、顧客にとっての価値とは「利益が増えるかどうか」に尽きます。例えば、10万円の部材で製造した製品を50万円(粗利益率80%)で販売できるのは、それによって顧客が100万円の利益を得られるから。そのようなメリットをキーエンスは明確に提示しているからこそ、顧客は価格に納得し、むしろ感謝するわけです。ある製品の導入によってコスト削減や収益改善が見込めること―それこそが顧客にとっての「感動」に他なりません。キーエンスは、そのシンプルな原則を組織全体で制度化し、実践してきたのです。
他方で多くの日本企業は、「良い製品を作ること」を目的化しがちです。しかし、製品が顧客の収益にどう寄与するかにまで意識が及ばない場合、真の価値提案にはなりません。その製品やサービスがどのように顧客企業のプロセスを改善し、具体的に「何円のコスト削減」や「何時間の工程短縮」をもたらすか。この点を示さなければ、いくら性能の良い製品を作っても意味がないのです。
「顧客の利益創出」を目標設定に組み込む
例えば、キーエンスのレーザセンサや画像寸法測定器は、高精度での検出を可能にすると同時に、多くの製造現場で数百万円単位の効率化をもたらしています。また、既存の配管に後付けできる「クランプオン式流量センサ」は、工事不要で管内の流量を高精度に測定できることから、異常検知などを通して配管工事や製造中断による機会ロスの削減に貢献しています。営業担当者は顧客企業の製造ラインの全工程を把握し、「この工程を省略すれば年間1000万円削減できる」という数値と共にそうした製品の導入を提案しています。キーエンスでは「売る」のではなく、「顧客を儲けさせる」ことが営業行動の基軸になっているんですね。
―そうした「顧客の利益」を軸にした経営は、なぜ他の企業では実践が難しいのでしょうか。
最大の要因は、目標設定が「販売台数」や「売上金額」といった自分たちの都合のいい指標に偏っていることでしょう。
取材・文 稲泉 連
本記事は、月刊『理念と経営』2025年9月号「特集」から抜粋したものです。
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