『理念と経営』WEB記事
特集
2025年9月号
旅館の原点を極め、生み出したチーム一丸のおもてなし

株式会社ホテルはまのゆ(食べるお宿 浜の湯) 代表取締役 鈴木良成 氏
静岡県に、個人客から絶大な人気を誇る宿がある。朝の出発時には宿泊客が客室係(仲居)との別れを惜しみ、涙する姿も少なくないという。まるでドラマのような感動はいかにして実現しているのだろう?
担当制と部屋出しは世界に誇る日本の文化
伊豆・稲取にある温泉旅館「食べるお宿浜の湯」。全国から多くのリピーターを惹きつけるこの宿には、社長の鈴木良成さんが守り続けてきた「旅館の原点」がある。それは約50室という規模でありながら、食事を一品ずつ部屋出しし、客室係による担当制を徹底してきたことだ。
全国の旅館が効率化を進め、担当制や食事の部屋出しを廃止してきたなか、あえてその「価値」に目を向けたのはなぜなのか。鈴木社長は語る。
「旅館業における“仲居の担当制”と“料理の部屋出し”は、世界に誇る日本独自の文化だと私は思っています。東京都内の一流ホテルでもまねできない和の所作や接客の美しさが、そこにはあるからです」
この日本ならではの「旅館文化」は、バブル崩壊後に多くの宿泊施設から消えていったものだ。「浜の湯」もまた、その時代の流れのなかで葛藤した時期もあった。1990年代後半、それまでの団体旅行を中心とした営業スタイルが通用しなくなり、バブルの終焉とともに宿泊業界の構造が大きく揺らいだ。そんななか、鈴木社長は個人客へのシフトを決断。団体旅行から個人旅行への流れをいち早く読み取り、25年前から個人客中心の旅館運営にかじを切った。
「しかし、50部屋という大きな規模で、一品一品の料理を部屋出しするような仕組みには前例がありません。そこで、自分たちでゼロからオペレーションの仕組みをつくる必要がありました」
この転換にとって何より重要だったのが、人材育成への取り組みだ。以来、当時はほとんど行われていなかった大卒の新卒採用を先駆けて開始。鈴木社長自らが宿の理念や価値観を伝え、共鳴した人だけを迎え入れるという努力を続けた。
「最初から宿の哲学をきちんと理解してもらう。それが、気持ちよく働ける職場をつくる最大の近道だと思っています」
個別に紡ぐ「接客ストーリー」
現場に立つ客室係たちは1カ月の厳しい研修を経て、1組の顧客を任される。その時「浜の湯」のサービスの土台となるのが、四半世紀にわたって積み重ねてきた「顧客カルテ」である。チェックイン前からスマホで前回の接客記録やアンケート、口コミなどを確認し、個別に「接客ストーリー」を客室係自らデザインする。マニュアルは存在せず、判断を現場に一任しているところがポイントだと鈴木社長は話す。
「記念日だからこうしなさい、といった決まりはありません。その場でお客様と向き合っている『あなた』が感じたままに判断していい。それが最も自然で、心が通う接客になるといつも伝えています」
取材・文 稲泉 連
写真提供 株式会社ホテルはまのゆ
本記事は、月刊『理念と経営』2025年9月号「特集」から抜粋したものです。
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