『理念と経営』WEB記事

経営も仕事も「感動」から始まる

デザイナー 水戸岡鋭治 氏(右)× 九州旅客鉄道株式会社 相談役 唐池恒二 氏

2013(平成25)年10月に日本初のクルーズトレインとして誕生し、今なお大きな感動を提供し続けている「ななつ星in九州」。世界中の旅人を魅了するこの列車の“生みの親”が、当時のJR九州社長、唐池氏と車両デザインを手がけた水戸岡氏だ。一大ブランドを築き上げた両氏の対談から、感動を生み出すヒントを探る。

感動の”本質“をつかむことが、優れた仕事につながる

―今月号の特集「感動がビジネスを変える!」に合わせて、巻頭対談でも感動をテーマにしたいと考えました。唐池さんは『感動経営』(ダイヤモンド社)というご著書をお持ちですし、水戸岡さんも「仕事とは相手と感動を共有することだ」とおっしゃっています。多くの素晴らしいデザインを世に出された黄金コンビの共通項は「感動」だと思い、この対談を企画いたしました。

唐池 優れた経営者の共通項は、「自分の感動をビジネスに生かす姿勢」だと思います。気づいたことを仕事に生かすのは当たり前ですが、単なる「気づき」ではなく経営者の「感動」が根底にあると、より大きなエネルギーが生まれるのです。

水戸岡 私も、「デザインとは過去に戻って感動を持ち帰ることだ」という信念を持っています。自分がこれまで生きてきた思い出の中にあるさまざまな感動が、アイデアの源になるんです。「あの時の感動を、どう表現したら多くの人に伝わるだろう?」と考え抜くことが、私にとってのデザインだと言えます。

唐池 ただ、「感動をビジネスに生かす」といっても、感動の本質を生かすのでなければ意味がありません。例えば、飲食業者がよそで食べたある料理に感動したからといって、その料理をただ表面的にまねてもだめなんです。「その料理の何に自分は感動したのか?」を考え抜いて、感動の本質を抽出して、そこを再現しないといけない。でも、それができる人はごく少ないでしょう。

水戸岡さんは、デザインでそれができる方だと思います。自分が感動した町並みや色使い、模様などをただまねるのではなく、その根底にある本質までつかんで、自分流に昇華して表現されているのです。

水戸岡 恐縮です。「思う」と「考える」って、似ているようで全然違うんですね。考えることは、何かを決定したり、予算を組んだりする具体的な仕事に直結しています。考えた先には決めることがたくさんあるんです。でも、いまの日本には「考える人」が少なくなりました。漠然と「思う人」ばかりです。

唐池 水戸岡さんはまさに「考える人」で、何かに感動するたびに「なぜ自分は感動したのか?」と自問自答をされているはずです。私自身もそうだから、よくわかります。

水戸岡 そうですね。日々の暮らしの中で自分が感動したものについて、考え、学び、記憶する……その面倒な作業を毎日コツコツ積み重ねていかないと、センス、感性は身につきません。

―センスというと「持って生まれたもの」というイメージがありますが、実は地道な努力の積み重ねで身につくのですね。

水戸岡 その通りです。

唐池 それと同じように、「直感的にパッとひらめくアイデア」というのも嘘ですね。何もないところからひらめくのではない。アイデアはいままでの経験の集大成として、マグマのように潜在意識の中に眠っているんです。そのマグマが、何かの刺激やタイミングによって、ドッと吹き出す。アイデアとはそういうものだと思います。

水戸岡 そういえば、私が手がけたJR九州の一連のデザインについて、一番たくさんアイデアのもとを提供してくれたのは、他ならぬ発注者の唐池さんでした。私はそのアイデアを形にしていけばよかった。唐池さんは教養も経験も豊かで、“アイデアのマグマ”をたっぷり持っておられる稀有な経営者です。

唐池 ありがとうございます。

感動は、作り手がかけたエネルギーに比例する

水戸岡 私は、デザイナーとはアーティストではなく職人、さらに言えば「代行業」だと思っています。アーティストは自分の思いを表現する仕事ですが、デザイナーはクライアントの思いを聞き出して、それを正しく色、形、素材、使い勝手に置き換える仕事だからです。

ただ、基本は代行業ではあっても、クライアントの思いをデザインに置き換えるだけではなく、そこに感動や楽しさなどをプラスして、期待を超えようとする……そういう役割だと思っています。

そして、唐池さんはアイデアも豊富だし、即断即決だし、難しいアイデアを実現していく実行力もすごい。デザイナーとして、これまでたくさんの経営者と仕事をしてきましたが、唐池さんほど一緒に仕事がしやすく、面白いものが作り出せる経営者は他にいませんでした。

唐池 恐縮です。水戸岡さんは「自分は芸術家ではない」といつもおっしゃいますが、私は水戸岡さんの作品はどれも素晴らしい芸術だと思っています。というのも、何回見ても感動するからです。例えば、水戸岡さんが設計とトータルデザインを手がけた「ななつ星in九州」を、私は(運行開始以来)12年間見続けていますが、それでも見るたび、乗るたびに感動します。奇をてらったデザインは、最初は新鮮でもすぐに飽きがくる。でも、水戸岡さんのデザインは飽きないんです。

構成 本誌編集長 前原政之
撮影 鷹野 晃


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本記事は、月刊『理念と経営』2025年9月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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