『理念と経営』WEB記事
巻頭対談
2025年8月号
「老い」の持つ可能性を、 次世代の育成に生かせ!

総合地球環境学研究所 所長 山極壽一 氏(右) × 諏訪中央病院名誉院長・作家 鎌田 實 氏
異次元の「少子化」と「高齢化」にもがく日本。求められているのは、経験豊かなシニア世代の知恵を生かす社会づくりだ。40年にわたるゴリラ研究を通じ「人間とは何か」を探求してきた世界的な霊長類学者・山極氏と、「がんばらない生き方」を説き社会に希望を与えてきた医師の鎌田氏による、異分野からの提言―。
日本で「老い」が否定的に捉えられる根本原因
―山極先生の新著『老いの思考法』を拝読し、鎌田先生がご著書等で披露してこられた“前向きな「老い」の哲学”との深い共鳴を感じました。そこで、お二人に「『老い』の持つ可能性」を巡って対談していただき、読者に多い中高年の中小企業経営者に勇気と希望を与えたいと考えた次第です。
山極 私は霊長類学者として、40年余り、毎年のようにアフリカに通って、ゴリラの群れの中で暮らしてきました。だから、老いについてもゴリラの社会を基本に考えるところがあります。
ゴリラのオスって、年を取るごとにだんだんカッコよくなるんですよ。「シルバーバック」と言うんですが、背中の毛が白銀色に染まり、だんだんお尻や手足も白くなって、暗い森の中でボーッと浮き上がって、大きく美しく見えるんです。その姿にほれ込んだメスたちや子どもたちが、後ろを付いて歩きます。老いたオスゴリラは、子どもたちに好かれ、メスたちにも敬意を表されながら生を終えるのです。
鎌田 うらやましい。われわれもそうありたいものですね(笑)。
山極 翻って、いまの日本では高齢者が邪魔者扱いされることも多くて、「老いはつらく、さびしい」というマイナスイメージばかりが幅を利かせています。少なくとも、「老いるほど美しく、カッコよくなる」とは思われていません。そういう風潮に異議申し立てをしたいという思いが、『老いの思考法』という本を書いた動機なんです。
鎌田 クリスティン・ホークス氏(米国の人類学者)が提唱した「おばあさん仮説」というものがありますね。人間の女性が閉経後も長く生きるのは、孫の面倒を見ることで娘が安心して子どもを産めて、子孫が繁栄できるようにするためだという説です。
山極 進化史的に見ると、人類の祖先が二足歩行になったことで骨盤の形が変わり、出産が命がけの難事になったことが背景にあります。「出産は元気な若いうちに終えよう」ということで、閉経が早まった。だからこそ人類は、元気なおばあさんに孫の面倒を見てもらうという生存戦略が取れたわけです。
鎌田 その「おばあさん仮説」を踏まえて、僕は著書の中で「おじいさん仮説」というものを披露しました(笑)。孫の面倒を見るのがおばあさんの役割なら、おじいさんは他人の子どもの面倒を見るなど、地域社会で役割を果たす存在なんだという仮説です。
ところが、核家族化と地域社会の崩壊で、孫の面倒を見るおばあさんも、地域で活躍するおじいさんもめっきり減ってしまいました。そのせいで本来の役割を見失って、どう生きたらいいのかわか
らない高齢者が増えた。そのことが、いまの日本で老いがネガティブに捉えられる根本原因のような気がします。
山極 同感です。動物は基本的に繁殖能力を失ったら死にます。その後も長く生きて、老後の生きがいを探す必要があるのは人間だけなんです。そのうえ、「人生100年時代」で老後が長くなり、いわば“生きがい迷子”になってしまう人が増えたのでしょう。
高齢者は、若い世代の「メンター」の役割を果たせ
山極 いまの鎌田先生のお話に通じますが、地域の中で子どもたちの遊び相手になることも、老人の重要な役割だと思います。
「ジョーキング・リレーションシップ(冗談関係)」という文化人類学の用語があって、無礼な冗談を言い合える関係を指しますが、老人は子どもたちとそういう関係を結びやすい存在です。世代が離れているから気軽に冗談も言えるし、セクシャルな関係にならないから子どもたちも安心して付き合うことができる。
その点でも、老いたオスゴリラは手本になります。彼らは子どもたちと遊ぶのがとてもうまいのです。背中で滑り台をさせたり、頭をポコポコたたかれたりしても怒らない。それでいて、子ども同士がケンカしたら見事な仲裁をします。遊びの勘所を、老いたゴリラが子どもたちに教えてあげるわけです。人間の老人も、地域でそういう役割を果たすべきだと思います。
鎌田 高齢者が子どもたちの「メンター」になるということですね。遊びに限らず、仕事においても、定年後のシニア世代が若者たちのメンターとしての役割を果たすことはとても重要です。
僕は講演で、「高齢者が生き生きと暮らすためには、働いたほうがいい」という話をよくします。そのときにデータとして使わせてもらっているのが、「定年後も働く人のほうが健康で寿命が長い」ことを示した慶応義塾大学の研究です。60歳から75歳までの男性1288人を対象に、15年間のデータを集めて、就労者と非就労者を比較したものです。その研究によれば、定年後も仕事を続けた人のほうが、死亡率が低く、認知機能の低下率も低く、脳卒中の発生率も低いというのです。
山極 そもそも、定年を60歳とか65歳にしていることが、もはや時代にそぐわないですね。「健康寿命」(厚生労働省が3年ごとに発表)から見ても、70代半ばまで元気な人が多いのですから。
鎌田 その通りです。日本全体が意識を変えて、元気な人は75歳くらいまで働ける体制に変えていくべきです。僕は『理念と経営』でずっと連載しているので、いつも他の記事も読ませてもらって、中小企業経営者の皆さんが人材確保に悩んでいることをよく知っています。中小企業でも、シニアが若い世代のメンターとしての役割を果たしていったほうが、人材が集まるよい企業になると思います。
構成 本誌編集長 前原政之
撮影 鷹野 晃
本記事は、月刊『理念と経営』2025年8月号「巻頭対談」から抜粋したものです。
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