『理念と経営』WEB記事
巻頭対談
2025年7月号
「勝負どころ」を見極め、 大胆なチャレンジを!

森トラスト株式会社 代表取締役社長 伊達美和子 氏(右) ✕ ケイアンドカンパニー株式会社 代表取締役社長 高岡浩三 氏
伊達社長は、外資系ラグジュアリーホテルの誘致を進めてきたパイオニアとして知られる一方、「観光立国ニッポン」の旗手としても注目を集めているが、その原動力は、祖父、父から受け継いできた「社会貢献への情熱」である。ネスレ日本元社長の高岡氏との対談から浮かび上がる「経営の本質」とは。
社会貢献を使命と捉える
創業家の精神を受け継ぐ
―小誌の読者には中小企業経営者が多く、事業承継について悩んでおられる方も少なくありません。伊達社長は就任以来事業を順調に伸長されるなど、3代目経営者のお手本のような方だとお見受けします。3代目としての思いを語っていただければ読者の学びになると思い、この対談を企画しました。
伊達 「お手本」だとは思いませんが、事業承継をしてから、業務拡大ができて数字も伸びているという意味では、いい形で社長業をさせてもらっていると思います。森家には、「不動産開発を通して地域に必要なものをつくり、社会貢献をしていくことが使命だ」という考え方があります。私は入社以前からその考えに共感していましたし、自分が経営に参画して使命を果たせることに喜びを感じていました。
ただ、それには先代がやってきたことを引き継ぐだけでは駄目で、時代の変化に応じて事業も変化させていかなければ生き残れません。そして、変化の時こそ戦略が問われますから、そのための戦略を考え続けてきたというのが、私の「3代目としての思い」になるでしょうか。
高岡 僕はずっとオーナー経営者に憧れてビジネスをしてきました。ネスレに入社したおかげで、スイスの「IMD(国際経営開発研究所) 」という一流ビジネススクールで学ぶことができたのですが、そこでもやはりお手本はオーナー経営者でした。ネスレ日本のサラリーマン社長だった時代にも、オーナー経営者のような気概で経営をしたいと考えていました。
オーナー経営者には、サラリーマン経営者にはない独特の情熱と考え方があります。例えば、事業を通じて社会貢献をしたいという思いは、オーナー経営者の方が総じて強い。それがエネルギーになっている気がします。伊達さんもまさにそうなのだと思います。
―伊達社長は、創業者の森泰吉郎氏がつくられた経営理念「17カ条」を経営の羅針盤とされてきたと伺っております。
伊達 そうですね。元は経営理念としてつくったわけではなく、祖父が1968(昭和43)年の入社式で話したことを、内容が素晴らしいということで「17カ条」としてまとめたものです。かなりの長文です。祖父は経営史学者(横浜市立大学教授を務めた)だったこともあって、いつも話が長かったようです(笑)。
17カ条の一節は、折に触れて思い出します。特に私が思い入れを持っているのは、「冷静な判断力、行動力(クールヘッド)と温かい心意気(ウォームハート)を備えることが大切である」という項目です。クールヘッドとウォームハートを兼ね備えて経営に当たることを、私は常に意識しています。
ただ、私は言葉以上に祖父の生きざまそのものから学んだと感じております。というのも、祖父は50歳を過ぎて起業したのですが、その背景には「社会貢献への情熱」があったからです。生まれ育った東京の街が関東大震災で崩れ去ったり、戦争で焼け野原になったりした様子を目の当たりにして、「もっと堅牢な建物を造らないと、人の命は守れない」と祖父は痛感したのです。その思いが、後に不動産開発に取り組む動機になりました。
高岡 僕は大企業が取締役会にすぐ経営学者を入れることに、わりと批判的なんですよ。でも、創業者のお話を伺って、少し考えを改めないといけないと思いました(笑)。
人材育成を事業拡大に
つなげる仕組みをつくる
伊達 それと、父から学んだこともやはり大きいですね。父は私が中学生くらいの頃から、家庭での日常会話の中で、父の事業について私が質問することに、いつもきちんと答えてくれました。その会話がとても楽しかったのです。
高岡 いまのお話を聞いて、とても羨しく感じました。僕は10歳の時に父が肺がんで亡くなったので、そういう会話をして考えを受け継ぐことがなかったものですから……。また、親との普段の会話を通じて日々少しずつ経営を学ぶことができるのは、オーナー企業の後継者ならではの強みですね。
―次に、伊達社長が社長就任直後からスタートさせた、独自の人材育成について伺いたいと思います。
伊達 年次にかかわらず森トラストの目指すべき未来像について、部署やチーム単位でプレゼンテーションを行う「MTトーク」という全社的なイベントを開催していました。そこでは森トラストが未来に対して貢献していくために、あるべき人材像を定義したもので「考える力」「企画力」「実行力」を育むことが大切だと考えており、そのための仕組みとして位置付けています。
その他、クリティカルシンキングやデザイン思考をインプットした後、課題に対してアイデアを練りアウトプットを行うことで、スキルの習得・向上を目指す「MTアカデミー」という研修を実施していました。最終的な成果物は、全社に発表し、その提案が事業化へ向けて動き出すこともありました。
考えるだけでなく企画し実行するために、やりたいこと・やるべきことを宣言するというのがカルチャーとして根付いています。
高岡 素晴らしい人材育成の仕組みだと思います。
伊達 そしてもう一つが、「3部署ローテーション」です。新入社員に最初の半年間で3つの部署を経験させています。3つの異なる部署を知ることは、若手にとって貴重な経験になります。また、組織の縦割り化を防いで、部署間のつながりを強める意義もあります。
高岡 僕はサイバーエージェントの社外取締役も務めていますが、同社の藤田晋社長も、2006(平成18)年に「あした会議」という独自の人材育成制度を始めました。新規事業や課題解決の方法などを提案する会議です。各チームの提案を藤田社長が審査して採点し、得点を競うもので、そこから生まれた新規事業の累計売上高が約3259億円(2021年9月末時点)に上るそうですから、すごいものです。優れた経営者は、そのように、人材育成が事業拡大につながる仕組みを真剣に考えています。伊達さんも然りです。
伊達 いえいえ、藤田さんと比べられてしまうと、私はまだまだです。高岡さんのネスレ時代はいかがでしたか?
構成 本誌編集長 前原政之
撮影 鷹野 晃
本記事は、月刊『理念と経営』2025年7月号「巻頭対談」から抜粋したものです。
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