『理念と経営』WEB記事

マーケティング・リフレーミング――視点が変われば、価値が変わる

神戸大学大学院 経営学研究科 教授 栗木 契 氏

「リフレーミング」は、もともと心理療法の分野で使われている用語です。気持ちが落ち込んでいる当事者自身の認知や活動の枠組み(フレーム)が変わることで、悲観したり絶望したりすることなく、少しでも元気に明るく、自然体で問題に向き合うことができるように生まれ変わることを指します。

視点が変わることによって、物事の価値や意義が変化し、マーケティングに新たな可能性が生まれる。これを「マーケティング・リフレーミング」と定義しています。位置づけの再構築を意味するリポジショニングと同じではないか、と思う人もいるかもしれませんが、マーケティング・リフレーミングでは障害や制約に直面したとき、それを克服したり除去したりしようとするのではなく、大切な個性の一部として受け入れ、活用できる道筋を見つけ出そうとする点に特徴があります。

例えば、いま「日本はだめだ」という論調が強く世の中にあります。社会の閉塞感は年々強まっているようにも感じられます。しかし、視点を変えてみれば、絶望する状況ではないかもしれないと思えてきます。

日本における悲観要素の1つは、人口問題です。日本は年々出生数が落ち込み人口が減少していく社会になっています。「これでは先行きに希望が持てない」としきりに言われます。

けれど戦後の日本の人口は7000万人くらいでした。そこからおよそ60年後の2005年には1.7倍ほどの1億2000万人超に増えたのです。そしてその60年後には、再び8000万人台になると推計されています。

昭和の時代の前半は、多くの人口を抱えていたように思われますが、実際はピークの半分ほどに過ぎませんでした。その頃の人口に60年かけて戻るだけ。そう考えれば過度に悲観しなくてもいいでしょう。大手術はしなくても問題は解決できるのではないか、そう捉えて、できることを見つけていけばいいのです。

いま問題にしていることは、そもそも本当に問題なのか。さらに人口が増えたら狭い島国の日本で食糧問題などはどうなるのか。もっと悲惨な未来になるのではないか。いまの日本を「没落」と考えるか、「落ち着いた大人の社会」と捉えるかは視角次第です。

このように、物の見方や捉え方次第で物事の価値は変わってきます。このリフレーミングを、マーケティングに活用するのがマーケティング・リフレーミングです。

リフレーミングによって商品やサービスに新たな可能性を見いだした事例を見ていきましょう。

新市場を獲得したマスキングテープ

まずは「マスキングテープ」。リフレーミングによる用途開発の例です。

マスキングテープは工場や建設現場などで塗装をするとき、塗料がついてはいけないところをカバー(マスキング)するために使われてきました。テープの片面に粘着剤がついていて、どこにでも貼りつけることができ、貼ったところを傷つけることなくきれいに剥がすことができます。薄い和紙を用いているため刃物を使わず手で切ることができるのも特長です。

このマスキングテープを文具・雑貨ジャンルの商品にしたパイオニアが、カモ井加工紙という会社です。同社はもともと大正時代に「ハエ取り紙」の製造で成長しました。時代の変化とともに粘着テープのメーカーに転身し、工業用マスキングテープを主軸としてきました。新用途に進出したきっかけは、2006(平成18)年夏に東京の女性ユーザー3人から送られてきた1通のメールでした。工業用のマスキングテープを転用し、カフェの値札や封筒の装飾などに使っているという彼女たちの話を聞いたことが、転機となります。

取材・文 中山秀樹


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本記事は、月刊『理念と経営』2025年6月号「単発企画」から抜粋したものです。

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