『理念と経営』WEB記事

目先の利益ではなく、 長期的ビジョンを描け!

アース製薬株式会社 代表取締役社長CEO 川端克宜 氏(右) ✕   早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄 氏

営業畑一筋に歩み、42歳で経営トップに就任した川端社長は、業界の常識を覆す数々の製品を打ち出しながら、東南アジアを中心に海外展開も推し進め、アース製薬の成長を加速させてきた。設立100年を迎える「進化する老舗」が示す日本企業の可能性を、気鋭の経営学者・入山章栄氏が解き明かす。

大抜擢の舞台裏にあった、会長の「任せきる」決断

―御社が今年8月に設立100周年の佳節を迎えられることもあり、川端社長をぜひ巻頭対談にお迎えしたいと考えました。

川端 100周年というのは株式会社に改組した1925(大正14)年を起点としての話で、その前史もあります。また、歴史的には1970(昭和45)年に一度倒産の危機を迎えたことがありまして、そこから大塚グループに入りました。ですから、私どもとしては“2つの創業がある”という感じでおります。

入山 大塚グループに入って以来、代々大塚家の人が社長を務めてこられた中で、川端さんは初のプロパー社長になられて……。

川端 はい。前任の大塚(達也・現会長)社長の大決断ですね。実際に社長になったのは42歳のときですが、内示を受けたのはその4年ほど前です。38歳くらいの若造で、しかも当時は取締役でも何でもなくて、大阪支店長でした。

入山 すごい大抜擢ですね。創業家の人間でもない、取締役も未経験の30代の支店長を次期社長に決めるとは……。

川端 「次の社長、君がやってくれ」と突然言われるまで、僕は自分が社長になるなんて微塵も考えたことがありませんでした。だから驚きしかなかったのですが、大塚会長はそのときまでに根回しを全部済ませていらしたんです。

入山 じゃあ、内示を受けてから社長就任までには、3~4年程度の準備期間があったわけですね。

川端 ええ。「その間、どんな準備をしておいたらよろしいですか?」と聞いたら、会長は「何もしなくていい。社長になった瞬間から猛烈に忙しくなるから、それまではモラトリアム(猶予期間)だと思ってゆっくりしておけ」とおっしゃって(笑)。

入山 大塚会長の腹の据わり具合が素晴らしいですね。

川端 そう思います。僕も社長になって11年目で、これまで何とか無事にやってこられましたが、誰かに褒められるたびに、「偉いのは僕じゃなくて大塚会長です」と言っているんです。

入山 オーナー経営者の事業承継は、「どこまで後任者に任せきれるか?」が最重要ポイントですが、任せきれる人はごくまれです。世の名経営者でも、任せきれなくて社長に戻る人や、会長になってから経営に口を出し続ける人が多いですね。スターバックスをグローバル企業に成長させたハワード・シュルツ氏でさえ、一度辞めたCEOに出戻りましたから。それほど、任せきることは難しい。それができた大塚会長はすごいです。

川端 僕が社長になった瞬間から、すべて任せてくださいましたからね。「川端のやることは全面的に支持するから、何でも自由にやってくれ」―言われたことはただそれだけです。

入山 普通は、移行期間のようなものを2年くらい設けて、その間は二人三脚的に経営をするんですけどね。

川端 それが一切なくて、僕の社長就任と同時に代表権なしの会長になられました。稟議書がどうとかの決裁権が一切ご自分に回ってこないようにされたんです。
でも、僕はその後も気を遣って、いろんな決定事項について会長に報告していたんですが、早い段階で、「もういちいち俺に聞かんといてくれる? ここは会社、あなたは社長。決めるのはあなたの仕事です。報告もいらないから」とはっきり言われました。

入山 会長になってからも口を出したがるオーナー経営者に聞かせてあげたい話です。

老舗ファミリービジネスの事業承継の理想型がアース

―社長就任前の川端さんはずっと営業畑で、抜きん出た数字を上げ続けてこられましたね。その点が大抜擢の背景にあると思うのですが……。

川端 自分のことを言うのは気恥ずかしいですが、数字の面で誰にも負けてこなかった自負はあります。ただ、自分が社長をやってみて思うことですが、営業の数字がどうとか、ある部門の売り上げを飛躍的に伸ばしたとか、そういう能力と経営者としてのマネジメント能力は別物だという気がします。

入山 大塚会長が川端さんを見込んだのは、営業力以上に、「彼には大局的なことができる」と感じたからでしょうね。

川端 どうなんですかねえ。僕は大塚家のご子息が成長するまでのワンポイントリリーフかなと思って、会長にそう聞いたことがあるんです。それならそれで精いっぱいやらせてもらおうと思って。でも、会長は「いや、長くやってもらう。君はあと20年やっても62歳だろう。それくらい続けるつもりでいてくれ」ときっぱり言われました。

入山 大塚会長は、ファミリービジネス(同族経営)の強みをよく理解されていると思います。マスコミではとかく、同族経営の弊害ばかりがクローズアップされがちですね。「経営者親子の骨肉の争い」とか(笑)。それは報じ方が偏りすぎで、ファミリービジネスにはよい面がたくさんあります。

海外の経営学の研究でも、「同族企業の業績は非同族企業よりもよい」というエビデンス(証拠)がたくさんあります。日本は上場企業の約3分の1が同族企業ですが、業績も成長率も利益率も、同族企業のほうが非同族よりも総じて高いんです。
その理由はいくつか挙げられますが、大きいのは、同族企業は1つの経営理念やビジョンに沿った長期経営がやりやすい点です。大企業のサラリーマン社長は1期2年・2期4年程度で交代することが多くて、任期が短すぎて大きな仕事はほとんどできません。同族経営ならその弱みから自由です。そこにこそアドバンテージがあります。

川端 先生のおっしゃる通りで、僕は大塚会長からもほぼ同じことを言われました。「社長の仕事というのは、数年程度でできるもんじゃない。10年、20年と腰を据えてやらないといけないんだ」と……。自分が11年社長を続けてみて、「本当にその通りだ」と、いましみじみ実感しています。

構成 本誌編集長 前原政之
撮影 鷹野 晃


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本記事は、月刊『理念と経営』2025年5月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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