『理念と経営』WEB記事
特集2
2025年4月号
すべての経験は、将来、自分の糧になる

落語家 林家つる子 氏
ご縁と運とタイミングに恵まれた
2024(令和6)年3月、落語の最高位「真打」に昇進した。一般的には15年前後かかるといわれるところ、13年目での昇進。しかも、12人の先輩を追い抜いての抜擢真打だった。
「あと2、3年はかかると思っていましたので、本当にびっくりしました。師匠の林家正蔵から電話で伝えられたときには、泣きながら『頑張ります』とお伝えしました」
大学に入学直後、勧誘を受けて落語研究会に入会した。高校時代は演劇部に所属、それまで落語は聞いたこともなかった。だが、「コントと漫才をやってるから」と連れていかれた教室で、10代、20代の先輩たちが着物を着て古典落語をやっている姿に衝撃を受けた。
「落語は年配の人がやるものだというイメージでしたから、若い人がやっていることにまず驚いて。しかも、面白いわけです。江戸時代にできた落語を聞いて、今を生きる私たちが笑えていること自体がすごいと思いました。人の心というのは、昔から変わっていないんだな、と」
以来、落語にどんどんのめり込む日々が始まる。稽古を繰り返す日々。全国大会に出て、受賞したこともある。同世代の全国の仲間からも刺激を受け、プロの道へ進むことを考え始めた。ただ、厳しい修業があると聞いていた。進路を決める時期が来ても簡単に決断はできず、就活にも挑むことにした。
「就活って、そのときにしかできないじゃないですか。この経験がゆくゆく表現することに役立つかもしれない、という思いもあって、チャレンジしたんです」
当時は、リーマン・ショック直後。さまざまな会社を受けたが、結果は出なかった。もっと就活に本気にならなければいけない時期と同時に、落語研究会の卒業公演の日が迫ってきた。次第に「卒業公演を疎かにしたくない」という思いが強くなり、就活をしたおかげで、本気で落語がしたいのだと改めて気づくことができた。
その後は落語研究会顧問の黒田絵美子教授と、柳家さん喬師匠が縁をつないでくれ、林家正蔵師匠の元に弟子入りすることがかなった。
「ちょうど1カ月前に、姉弟子が入っていたんです。初めての女性の弟子だったので、2人のほうがいいだろう、と。ご縁と運とタイミングがぴったり合ったんだと思います」
前座と呼ばれる修業時代は、覚悟はしていたものの厳しい日々が続いた。委ねられるのは、師匠方の身の回りのお世話や、おかみさんの家事手伝いなどだ。
「私は一人っ子で、大家族なんて経験したことがない。師匠のお宅はご家族も多く、お弟子さんもたくさんいる。さらには来客も多い。やったことがないことばかりで、環境に慣れるのが、まず大変でした」
しかし、前座がしっかり気働きをすることで、師匠方はスムーズに仕事ができる。モタモタすると、何かが遅れることになってしまう。そうなると、雷が落ちた。
「最初の頃は、とにかく怒られてばかりで。できない自分が辛かった。何も教えてもらってこなかったと思われているんじゃないかと、両親にも申し訳なくて。悔しくて、人知れず裏口から外に出て、青空を見上げて泣いたりしていました」
新人時代に経験した“意味のある”試練
落語家になりたくて来たのに、まずは落語よりも雑用の日々。だが、そこに大きな意味があったことにのちに気づく。
「振り返ると、落語家の裏側を見せていただいたんですね。ご来客があったときにどうするか、電話のやり取りをどうするか」
自分がやりたいことができていない。思うようにできない。それでも支えになったことがあった。
「応援してくださっている人たちの存在です。怒られてばかりで辛いけど、今はまだやりたいことをやるための下準備の時期。そんな私の落語を楽しみに待ってくださっている方がいる。まずは二ツ目に昇進して、自分がやりたいことができるようになるまで頑張ろう、と」
取材・文 上阪 徹
撮影 後藤さくら
本記事は、月刊『理念と経営』2025年4月号「特集2」から抜粋したものです。
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