『理念と経営』WEB記事

音楽を通して「生命」を聴く、奏でる

生物学者・作家 福岡伸一 氏

今年3月28日。戦後日本を代表する音楽家であった坂本龍一さんの3回忌を迎える。多彩なジャンルの音楽を届け、世界中の人々を魅了した坂本さんは、その一生の中で何を追い求めていたのか――。知友の福岡伸一さんは、静かに語り始めた。

人間は行き着くところまで行かないと、思い知ることはないんだよ

いまだに坂本さんが亡くなったということを、うまく受け止められずにいます。坂本さんとはニューヨークでよくお会いしていたんです。

坂本さんはニューヨークに拠点を持っておられたし、私も研究の拠点がニューヨークのロックフェラー大学にあります。私がニューヨークにいる時は誘い合ってバーで飲みながら本当にいろんなお話をしました。そんな関係が、ここ2、30年くらい続いていたのです。

だから、今もニューヨークに行くと、坂本さんに連絡してどこかで落ち合い、たとえば「トランプがまた大統領になってしまいましたね」というようなことを話しながら、坂本さんのお考えを聞きたいと思ってしまいます。おそらく坂本さんは憤慨しながら「人間は行き着くところまで行かないと、思い知ることはないんだよ」というふうに話されると思うんです。

そんなことを考えて、ふと“坂本さんはもういないんだ”ということに気づいて悲しい気持ちになります。もっと、いろんな世界の動きや読んだ本のこと、映画のことなどを語り合ってみたかった。

坂本さんは、読書家としても知られていますし、映画もよく見ておられました。フェアな人物で、いつも礼儀正しく誰に対しても公平に接しておられました。そういう意味で、とても気持ちのいい人でした。

世界が“切り刻まれる”前の自然の音に耳を澄ませた

坂本さんは音楽家・作曲家ですし、私は生物学者・作家です。まったく違う仕事をし、違う世界で生きているんですけれど、不思議なことに坂本さんとはとても馬が合いました。

坂本さんのほうが少し年上ですが大まかに言うと同年代ですので、お互いに同じ風景を見てきたという点も共通していたと思います。そしてそれ以上に、突き詰めると2人とも同じことを考えているということが、その理由でした。この世界はどういうふうに成り立っているのか、どういう仕組みでできているのか。そういうことを、私たちは芸術と科学というそれぞれの方法で解明しようとしていたのです。

人間はロゴス(言葉や論理)的な生き物ですから、音楽でも科学でもその道を目指そうとすると必然的にロゴス的にならざるを得ません。ロゴス的な方向は、世界の構造を非常に強力に解析・分析するのですが、世界をバラバラに部品化していく要素還元主義に陥りがちです。解像度が上がって細部までデジタル的に整理されていく一方で、全体の有機的なつながりや本質は見えなくなるのです。

そうしたロゴスの対極の概念として、ピュシス(自然そのもの)があります。その中に生命も、人間も属しているのですが、それを切り刻んでロゴス化してしまうことによって、失われてしまうもの、表現し切れないものがある。そのことを、私も、坂本さんも痛感していたのです。これが二人の共通の話題になっていました。

坂本さんは1980年代に入る直前、……

取材・構成 鳥飼新市


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本記事は、月刊『理念と経営』2025年4月号「坂本龍一の生き方」から抜粋したものです。

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