『理念と経営』WEB記事
巻頭対談
2025年3月号
人間の「無限の可能性」を引き出す経営力を磨け

千房株式会社 代表取締役会長 中井政嗣 氏(右) ✕ ジャーナリスト 勝見 明 氏
それまで「家業」のイメージが強かったお好み焼き店を「企業」に変え、日本有数の飲食チェーンへとけん引してきた中井会長。大きな危機に直面するたび、それを逆手に取ってチャンスに変えてきたという経営論の根底には、人間が持つ可能性を信じ続けてきた、揺るぎない人間観がある。
かけがえのない出会いによって
人生を切り開いてこられた
中井 この対談のテーマが「人間の無限の可能性を引き出す経営」だと伺って、母の言葉を思い出しました。私は7人兄弟の上から5番目ですが、私以外の6人はみんな成績優秀で、私だけ出来が悪いんです。そんな私が千房を創業して、一応の成功を収めたあと、母に「お母ちゃん、僕がこうなるって考えられたか?」って聞いたんです。すると、母は「いや、夢にも思わなかったよ」と答えました。
私のことを誰よりもよく知っている母親でさえ、経営者としての資質はまったく見抜けなかったわけです。私は母のその言葉を聞いて以来、どんな人を見ても「無限の可能性を持っている。どう伸びるかわからない」と思えるようになりました。
勝見 誰もが無限の可能性を持っているとしても、それを引き出すためにはよき出会いがないといけないですね。中井会長はそのことを痛感されているからこそ、「出逢いは己の羅針盤」という社是を掲げるほど、出会いを大切にされているのだと思います。
中井 そうですね。私自身、かけがえのない出会いによって人生を切り開いてこられたと感じています。
勝見 企業の社是というと、一般的には「社会貢献」「挑戦」「進取の精神」などという言葉を掲げる例が多いですね。その中にあって、人との出会いの大切さを社是にしているところがユニークであり、また中井会長らしいと感じます。
中井 千房を株式会社にしたとき、いろんな会社の社是・社訓を見てみたんですが、どれもピンとこなくて、「自分の歩みを振り返っての実感を社是にしよう」と思ったんです。それが「出逢いは己の羅針盤」という言葉になりました。経営理念もそうで、創業者である私の体験と実感が凝縮されています。
勝見 「マナアの心」という言葉で知られる理念ですね。
中井 はい。「マ」は「真心」、「ナ」は「仲間」、「ア」は「味」と、千房が大切にしてきた価値が「マナア」の三字に込められています。それと同時に、「マナア」は「前味・中味・後味」の頭文字でもあるんです。
勝見 千房が重んじている「三つの味」について、私は知っていますが、読者のために改めてご説明ください。
中井 「中味」は料理そのものの味ですが、飲食店の価値はそれだけでは決まりません。店の前に立ったときや入ったときに受ける印象が「前味」、食べ終わって帰るまでの印象が「後味」です。前味が悪ければ店に入ってもらえないし、後味が悪ければ料理がどんなにおいしくてもアウトなんです。だから、千房では「三つの味」をすべて大切にするように心がけています。
勝見 おいしいのは大前提として、前味・後味も最高になるように客をおもてなしするということですね。
中井 はい。千房のおもてなしを象徴する話をします。私は社長になってからも、ゴールデンウィークとお盆とお正月には、道頓堀の店の現場に立ちました。いまはもうしていませんけどね。その際、お客様を「ありがとうございました」とお見送りするときに、姿が見えなくなるまで立ち続けました。その間、「こっち向いて、こっち向いて」と念じるんです。念が通じて振り向かれたら、もう一度深々と頭を下げて「ありがとうございました」と言う……それをやり続けていたら、振り向かれるお客様がだんだん増えてきました。なぜなら、私がお見送りする姿を見て入ってこられるお客様がいるからです。「私も同じように見送ってくれるんやろか?」と確かめるんですよ。
勝見 つまり、その丁寧なお見送りは後味であると同時に、他の客への前味でもあったわけですね。
中井 そうなんです。私は従業員にこの話をするとき、「サービスというのは、そのお客様にしているだけと違うで。それを見ているお客様にもサービスしているんや」と言います。そういう意識を持つのと持たへんのとでは、接客が全然違ってきます。
「誇りを持って働ける、カッコいい会社にしたい」
中井 私は創業当時、お好み焼きのお店を経営するのは嫌やったんですよ。義兄から勧められて嫌々始めた店だったんです。本当はフランス料理店とかイタリア料理店とか、もっとカッコいいレストランをやりたかった(笑)。お好み焼き屋というと、年寄りが家族経営する小さい店というイメージがあって、「なんかカッコ悪いなァ」と思っていました。
構成 本誌編集長 前原政之
撮影 鷹野 晃
本記事は、月刊『理念と経営』2025年3月号「巻頭対談」から抜粋したものです。
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