『理念と経営』WEB記事

人生の最期に特別な旅行を「処方」する

トラベルドクターInc.代表取締役・医師 伊藤玲哉 氏

人生の終わりが見えた人があきらめかけていた「最後にあの場所に行きたい」という夢。医師として付き添い、そんな「旅行を叶える」事業に邁進する伊藤玲哉さん自身が叶えたい夢とは――。

病に苦しむ自分に寄り添ってくれた父

伊藤玲哉さんが代表を務める「トラベルドクター」は、「人生の最後にもう一度、行きたい場所に行きたい」という患者の願いを支援し、「医療」と「旅行」を融合させる事業を行うベンチャー企業だ。医師や看護師、理学療法士などのチームが、患者の体調や移動手段を管理し、安心して旅を楽しめる環境を整える。これまでは外出がままならなかった終末期や難病の患者に、旅を通じて人生の喜びを感じられる瞬間を提供することを目指している。

「人生の終わりのとき、病院のベッドの上ではなく、好きな場所で過ごしたいと願う人は多いと思います。でも、現代の医療ではその願いを叶えられないことがほとんどです。そこで患者さんの希望に寄り添い、旅をしたいという願いを叶える事業を作りたいと思いました」

そう語る伊藤さんが医師になった背景には、家族や自らの体験があった。代々医師の家系に生まれ育ち、父も開業医として地域医療に従事していた。地域の医療を支えてきた父の姿を見るうち、医師という職業に自然と関心を持ったという。

「それから僕は幼い頃、喘息に悩まされていたんです。夜、症状が強くて苦しいとき、いつも父が吸入器を持ってきて寄り添ってくれた。医師である父に温かさや頼もしさを感じました。いつか自分もそんなふうに、誰かの力になれる存在になりたいと思ったんです」

また、伊藤さんは5歳のときに母親を失っている。

「亡くなってしまったらもう会えない、話もできないんだという現実を、成長するに連れて強く感じました。この経験もまた、誰かのそばに寄り添える医師になりたいという思いを一層強くしました」

「行(生)きたい」という夢に寄り添いたい

昭和大学の医学部を卒業した伊藤さんは、京都府の音羽病院で研修医時代を過ごした。そんななか、次第に胸に抱き始めたのが医療の現状に対する疑問だった。彼が特に心を痛めたのは、病室の天井を見つめながら亡くなっていく患者の姿だった。

「そのたびに、医療にはもっとできることがあるのではないか、という思いが深まっていきました」

現代における医療では、どうしても医学的な治療が優先される。だが、伊藤さんは何人もの患者を看取るうち、「患者さんが治療を受けるだけでなく、本当にしたいことを叶えられる医療がもっとあってもいいのではないか」と考えるようになっていった。

「医療と旅行を組み合わせる可能性」を具体的に考えるようになったのは、同じく研修医時代に診察していたある患者の言葉がきっかけだった。その患者は病室で伊藤さんに、打ち明けるようにこう話したそうだ。

「先生、もう一度、ふるさとに行きたい」

伊藤さんは「その願いをどう受け止めるべきか迷った」と話す。治療のために安静でいることが重要視される医療の現場で、果たしてどのように旅という願いを叶えることができるのだろうか――と。

「でも、他の患者さんにも話を聞いていくと、『温泉に入りたい』『思い出の場所に行きたい』という声がいくつもあった。それまで『死にたい』という言葉は幾度となく聞きましたが、『行きたい』という前向きな言葉を聞いてハッとしました。漢字は違いますが、僕には『生きたい』と聞こえたからです。患者さんが本当に求めているものは、もっと外の世界に触れ、生きている実感を得ることかもしれない。そう実感して以来、『医療』と『旅行』を結び付け、病院の外でも患者さんをサポートできる仕組みを考え始めました」

取材・文 稲泉 連
撮影 編集部


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本記事は、月刊『理念と経営』2025年2月号「スタートアップ物語」から抜粋したものです。

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