『理念と経営』WEB記事

「感動」こそが、 競争優位の源泉になる

株式会社トリドールホールディングス 代表取締役社長兼CEO 粟田貴也  氏 ✕ 一橋ビジネススクール特任教授 楠木 建 氏

讃岐うどん専門店「丸亀製麺」を柱に、約20の飲食ブランドを世界28の国と地域に手がける株式会社トリドールホールディングス。「手づくり、できたて」と「チェーン展開」の両立にこだわった“唯一無二のグローバルフードカンパニー”を目指す粟田貴也社長の成功哲学を、経営学者の楠木建氏がひもとく。

丸亀製麺の圧倒的競争優位を生み出した「二律両立」

粟田 トリドールの経営姿勢を象徴するキーワードの一つに、「二律両立」という造語があります。「一般的には二律背反となってしまう二つの事柄を、工夫と努力で何とか両立させる」という意味です。

楠木 御社の経営理念に掲げられた「成長哲学『トリドール3頂』」の一つも、「『二律両立』の頂へ」ですね。

粟田 ええ。いちばんわかりやすい二律両立は、丸亀製麺が「手づくり・できたて」を売りにしているのにチェーン店だということです。一般的には、手づくり・できたてを売りにするのは個人店・生業店(家族経営の小さな店)であって、スケールメリットを追求するチェーン店とは相いれないと考えられています。丸亀製麺はそこを両立させてやってきました。

でも、私自身はそういうやり方でいいという確信が得られずにいたんです。そんなとき、楠木先生のご著書で「クリティカル・コア」という概念を知って、初めて正しさを確信できました。

楠木 僕の専門分野は競争戦略論で、「どの企業の競争戦略が優れているか?」と常に考えています。そして、クリティカル・コアとは優れた競争戦略の肝になる部分のことなんです。

戦略の大きなジレンマとして、「よい戦略はすぐにまねされてしまう」ということがあります。外食業界は参入障壁が低いので、なおさらです。独自性を築き上げても、すぐ他社にまねされてしまって、競争優位が長続きしない。そういう業界で、なぜトリドールが長期にわたって高い利益を上げられているのか? その理由こそがクリティカル・コアなんです。

クリティカル・コアを一言で説明すれば、「一見すると非合理的で非常識だが、実は合理的な戦略」ということになります。飲食業界に詳しい人がうどんのチェーン店をやるとしたら、麺は市販の冷凍ものを購入するか、セントラルキッチンで作って冷凍したものを各店舗に輸送するでしょう。また、店の厨房はなるべく小さくしてその分客席を増やし、調理時間も短くして回転率を上げるでしょう。そのほうが合理的ですから。でも、御社はすべてその逆を行っているんですね。各店舗で麺から手作りし、その様子を客に見せる。手作りするためのスペースを設けるために客席を減らす……。業界に詳しい人であればあるほど、「あり得ない」と感じるやり方なんですね。だからこそ、他社は丸亀製麺のまねをしようとすら思わなくて、競争優位がずっと長持ちする。その点が御社のクリティカル・コアになっているわけです。

粟田 私は最初からそこまで計算ずくで始めたわけではなくて、楠木先生のご著書を読んで初めて、自社の戦略的優位をロジカル(論理的)に説明できるようになりました。じゃあ、なぜ手づくりとチェーン展開の両立を目指したかというと、「体験価値」を売る飲食店を標榜しているからです。うどんを手づくりするプロセスも見て楽しんでいただくという、いわば“ミニテーマパーク”的な店なんです。

「手づくり・できたて」をやめたら、その瞬間に来店動機がなくなって、他社と同じ土俵に上がってしまう。だからこそ、それをやめるという選択肢は私にはありませんでした。

楠木 僕が勤めている一橋大学がやっている、「ポーター賞」という賞があります。マイケル・ポーター(米ハーバード・ビジネススクール教授)の名を冠した賞で、優れた競争戦略によって成果を上げている企業を表彰するものです。僕も運営委員の一人ですが、その賞を御社も受賞(2020年度)されていますね。

粟田 ありがとうございます。

楠木 そのことが象徴的ですが、まさに御社は優れた競争戦略によって成功した企業と言えます。僕の言葉で言う「ストーリーとしての競争戦略」として、きちんと筋が通っているのです。

粟田 楠木先生に評価していただいてすごくうれしいのですが、確かに、私たちのやり方は非合理なんですよ。私個人の店としてやるならそれでもいいんだけど、多店舗展開していくと、非合理な面ばかりが顕在化します。

楠木 合理性一辺倒のチェーン店に比べたら、すごくお金もかかるでしょうしね。

粟田 ええ。たとえば製麺機一つとっても、量産できない機械だから高価です。しかも、よく壊れるのでメンテナンス費用も高い。あと、うどんの熟成庫とか、冷凍うどんを使う店なら必要ない設備がもろもろあります。丸亀製麺を一店出店するのは、ミニ工場を造るようなものなんです。

楠木 お金の面だけではなく、時間の面でも一般のチェーン店より手間ひまをかけていますね。うどんをゆでるにも時間がかかるわけでしょう。

粟田 はい。気温などにもよりますが、一定のゆで時間があります。しかも、できたてを提供したいので、規定時間を超えた麺はもう使わないようにしています。

楠木 うどんをゆでてモクモク湯気が上がっていたり、大鍋がグツグツ煮えていたりするところが見える……それがお店の雰囲気をつくって、おいしさの一要素になっているわけですね。ただ、他チェーンが丸亀製麺の成功を見て「まねしてやろう」と思えるかというと、「うちにはとてもできない」となるでしょう。

製造業などでは、先にブルーオーシャンを見つけた企業が技術的な模倣障壁を作って、他社にまねされないように大変な努力をします。ところが、御社の場合は模倣障壁を作るまでもなく、他社が模倣する気にならない。だからブルーオーシャンが持続する。

粟田 おっしゃる通りです。ただ、一方で弊社は、大規模チェーン店ならではのスケールメリットも十分生かして経営しています。

楠木 ウクライナ戦争以後の小麦高騰で大変なのかと思ったら、御社は国産の北海道小麦しか使っていないからそうでもないと聞きました。そのへんにもスケールメリットが生きているわけですね。

粟田 そうですね。協力農家さんから毎回莫大な量の小麦を買い付けているからこそ、安定して供給してくれているのです。

楠木 大規模チェーンならではのスケールメリットと、個人店のようなこだわりと感動を併せ持っている点が、まさに二律両立なわけですね。

粟田 はい。その二律両立を成し遂げることで、結果的に巨大なブルーオーシャンを見つけることができました。

感動を追求したから生まれた「非合理」の強み

楠木 さっき言われた「体験価値」ということと、その根底にある「感動」という要素を、粟田さんは大切にしておられますね。なぜそこに焦点を当てたのですか?

粟田 それは、日本の外食産業の歴史と現状を考えたからです。外食産業ってまだ50年くらいしか歴史がなくて、それ以前には外食チェーンはありませんでした。チェーン店が少なかった時代には、需要と供給のバランスによって、外食チェーンは出せばだいたい当たる時代が長く続きました。

構成 本誌編集長 前原政之
撮影 鷹野 晃


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本記事は、月刊『理念と経営』2025年2月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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