『理念と経営』WEB記事
編集長が選ぶ「経営に役立つ今週の一冊」
第120回/『アメリカは自己啓発本でできている――ベストセラーからひもとく』

「自己啓発本」は軽んじられがちだが……
「自己啓発本」といえば、読書家やインテリから軽んじられがちなジャンルです。
その理由は、本書の次の一節が端的に示しているでしょう。
《自己啓発本とは、基本的には「出世指南書」である。もちろん「金儲け指南」という側面もあるが、社会的に出世すればそれに伴って収入も増えるのであるから、一義的には「出世指南」という側面の方が強い。「こういう風に振る舞えば、あなたも出世できますよ」と説くのが自己啓発本の基本形だと思っておけば、作業仮説として間違いはない》
つまり、「出世したい」と思う人が、そのためのノウハウを求めて読むのが自己啓発本であるわけです。
そのたぐいの本を好んで読んでいると、ギラギラした上昇志向をむき出しにしているようで、気恥ずかしい……読書家やインテリがそんなふうに思うことは、十分得心がいきます。
また、後述するように、自己啓発本の中にはスピリチュアル系のマユツバな内容のものも少なくありません。その手の本が全体のイメージを悪くしており、そのあおりを食って、まっとうな自己啓発本までがマイナスイメージで捉えられている面があります。
しかし私は、自己啓発本を十把一絡げに軽んじることには反対です。自己啓発本にも素晴らしいものはたくさんあるからです。中には、人生を変えるほどの名著もあります。
自己啓発本というだけで一律に敬遠している人は、そうした名著との出合いの機会も失うことになります。それではもったいない。
今回、本書を取り上げるのもそうした思いからです。また、紹介される自己啓発本の中には、経営者におすすめしたいものも少なくありません。
「日本一の自己啓発本研究者」を目指した人
著者の尾崎俊介氏は英米文学の研究者で、愛知教育大学の教授です。
その尾崎氏が、2014年、ふとしたきっかけで自己啓発本の魅力にハマりました。
《この日を境に、私のそれ以後の研究テーマが決まったのだった。「俺は日本一の自己啓発本研究者になる!」と》
以来、10年以上続けてきた自己啓発本研究の結晶が、この本なのです。
本書は学術論文調ではない、平明で面白い文章で書かれています。それでも、ベテラン文学者の渾身作ですから、研究書としても読みごたえのある内容になっています。
そもそも、本書の研究は「日本学術振興会(JSPS)」の科学研究費助成を受けてなされたもの(奥付に注記あり)。エッセイのたぐいではない、本格的な文学研究なのです。
著者はくり返し、「自己啓発文学」という表現を用いています。著者にとって自己啓発本は、確固たる文学ジャンルなのです。
そして、著者の自己啓発本研究は本書以外にも広がっています。『14歳からの自己啓発』(2023年/トランスビュー)、『大学教授が解説 自己啓発の必読ランキング60』(2025年/KADOKAWA)といった研究書を、次々と上梓しているのです。
自己啓発本がアメリカと日本で隆盛した理由
本書のタイトルが、『アメリカは自己啓発本でできている』であるのはなぜでしょう?
それは、アメリカが“自己啓発本の発祥国”であり、いちばん自己啓発本が隆盛している国だからです。
しかも、本書によれば、《アメリカ以外の国で自己啓発本が盛んに書かれ、かつ読まれているのは日本くらいなもの》なのだとか。
日米2国だけで自己啓発本が隆盛しているのはなぜか? 第1章《自己啓発思想の誕生》では、その謎が解き明かされています。
著者によれば、自己啓発本の隆盛は、《「出世しようと思えば出世できる環境」と、その環境の中で「出世したいと思う人」が大勢いることが前提条件》となります。
その条件が揃ったのが、18世紀中盤のアメリカでした。それまで国中を縛っていた《厳格なカルヴァン主義ピューリタニズム》の軛(くびき)から離れ、「ニューソート(新しい考え方)」と呼ばれる現世肯定的な神学が隆盛したからです。
《かくして18世紀も半ばを過ぎる頃、ニューソートの希望に満ちた教義に励まされるように、自分自身に自信を持ち、向上心を携え、猛然と仕事をし、人の役に立ち、そうした自らの行動によってこの世にあるうちに自前の天国を創り出す、そんな向上心に溢れた新しいタイプのアメリカ人が次々と登場し始める》
「新しいタイプのアメリカ人」の代表格が、「アメリカ建国の父祖」(ファウンディング・ファーザーズ)の1人として知られる、かのベンジャミン・フランクリンでした。そして、彼が晩年に上梓した大ベストセラー『フランクリン自伝』こそ、「世界初の自己啓発本」なのです。
立身出世を志すならば、「13の徳目」を堅く守って生きるべし……と説くこの本は、「自助努力系自己啓発本」の元祖でもありました。以後、鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの『カーネギー自伝』など、「自助努力系自己啓発本」のベストセラーが陸続と生まれ、ジャンルの主流となっていきます。
一方、著者が《日本における自己啓発本の嚆矢》として挙げるのが、福沢諭吉の『学問のすゝめ』です。
《『学問のすゝめ』以後、日本でも人格主義に基づく自助努力系自己啓発本が続々と出版された》
そして著者は、18世紀末以降のアメリカと明治以降の日本でだけ、なぜ自己啓発本が隆盛したのかという謎解きをしてみせます。
《宗教的な理由であれ、政治的な理由であれ、社会的流動性が閉ざされた時代が長く続いた後、何らかの理由でその禁制が解かれ、個々人の努力次第でいくらでも出世ができる世の中に急激に変わった時に自己啓発思想/自己啓発本が誕生する契機が出てくるのであって、そういう条件が揃っていたのが、片やアメリカであり、片や日本であった、ということなのだ。自己啓発本がアメリカと日本でのみ栄える理由がここにある》
この章は、自己啓発思想の源流を辿ったスリリングな論考です。自己啓発本をフィルターとしたアメリカ文化論/日米比較文化論としても、面白く読めます。
もう1つの潮流「引き寄せ系」
本書はタイトルのとおり、アメリカで生まれた自己啓発本の系譜を辿る内容です。
ただし、日米2国でのみ自己啓発本が隆盛しているという事情から、随所で日本の自己啓発本も紹介されます。
「自助努力系自己啓発本」がこのジャンルの源流であり、主流ですが、じつはもう1つの大きな流れがあります。「引き寄せ系自己啓発本」と呼ばれるものです。
《初期自己啓発本の傑作の多くが、伝記的な事実に基づきつつ「努力した者は必ず報われる」という倫理を読者に伝える健全な修身本であった》のに対し、「引き寄せ系」は、「人間が心の中で願うことは、すべて実現する」という考え方に基づいています。
それは「引き寄せの法則」と呼ばれるもので、その元祖はジェームズ・アレンの『「原因」と「結果の法則」』(1902年)です。
「引き寄せ系」という呼び名は、アレンの思想を受け継いだウィリアム・アトキンソンの『引き寄せの法則』(1906年)に由来します。
同書の内容を引用したあと、著者は次のように書いています。
《アトキンソンの中では、宇宙とは意志を持った無尽蔵のエネルギーの謂いであり、人間の念もまた一種のエネルギーであって、その念のパワーを宇宙と同調させることで、そこから好きなだけエネルギーを引っ張ってくることができると考えていたのである。宇宙というエネルギー源に「思考」というコンセントを差せば、そこからエネルギーを引いてこられるというのだから、発想としては実に面白い》
つまり、「引き寄せ系」では、「自助努力系」にあった地道な努力を尊ぶ心はすっ飛ばされています。ただひたすら願えば夢が叶うとする、スピリチュアル色の強いものを指すのです。
以後、現在に至るまで、「引き寄せ系」のベストセラーは数多く生まれました。
「自助努力系」と「引き寄せ系」が、自己啓発本の2大潮流となったのです。
「自助努力系自己啓発本」の名著を読もう
「引き寄せ系自己啓発本」の愛読者は多いので、ここで批判めいたことを書くつもりはありません。ただ、私個人としては「引き寄せ系」には魅力を感じません。
著者も、「引き寄せ系」に対しては一貫して冷笑的です。
本書には《自己啓発本のトホホな面々》と題された章があり、「トンデモ本」色の濃い自己啓発本が紹介されていますが、その多くは「引き寄せ系」です。
本書は「自己啓発本の名著ガイド」として読むことも可能ですが、その中から自助努力系の名著を選んで読むことを、経営者の皆さんにはオススメします。
たとえば、本書で一項を割いて紹介されている本に、スティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』があります。同書を愛読している経営者は多いでしょう。
『7つの習慣』を、著者は次のように評しています。
《20世紀後半以降に登場した自助努力系自己啓発本の最高峰というべきもので、アメリカでも日本でも大ベストセラーとなったが、この本を読むと、自助努力系自己啓発本なるものが、今なお、ベンジャミン・フランクリンの『自伝』の影響下にあることがはっきり分かる》
《要するにコヴィーが言いたいのは、人生で成功する要諦は、何らかのノウハウやスキルをモノにすることではなく、ただひたすら人格を陶冶することだ、ということなのである。そしてそれは、ベンジャミン・フランクリンが『自伝』で示した教訓と同じなのだ。コヴィーは、『7つの習慣』を書くことによって、フランクリンが立身出世の要諦として示した人格主義を、20世紀末の世に復活させようとしたのである》
コヴィーはのちに「フランクリン・コヴィー社」を設立します。同社の主力商品はスケジュール帳「フランクリン・プランナー」。いずれも、コヴィーが敬愛してやまないベンジャミン・フランクリンに由来するネーミングです。
『フランクリン自伝』や『7つの習慣』が代表格だと言えば、自己啓発本のうさんくさいイメージが、少し払拭されるかもしれません。
本書では他に、新渡戸稲造の『修養』、松下幸之助の『道をひらく』などが、自助努力系自己啓発本の名著として挙げられています。
それらのまっとうな自己啓発本は、時代を超えていまも読むに値します。中小企業経営者が「座右の書」とすれば、己を律するために大いに役立つでしょう。
本書を契機として、ぜひそれらの名著に触れてみてください。
尾崎俊介著/平凡社/2024年2月刊
文/前原政之
※2025年より、当連載は『理念と経営』公式note(https://note.com/rinentokeiei)に移行します。
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