『理念と経営』WEB記事

経営者よ、本気で「夢」を語り、 次代に「志」を託せ

サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野慶久 氏 ✕  多摩大学大学院名誉教授 学校法人 21世紀アカデメイア学長 田坂広志  氏

ビジネスパーソンに多大な影響を与え続けてきた田坂広志氏が「新しい経営のスタイルを確立するであろう一人」として期待を寄せるサイボウズ株式会社の青野慶久社長。日本を代表するお二人の対談から「これからの経営者のあるべき姿」が見えてくる―。

「死のうと思ったこの命を、社員たちのために使おう」

田坂 私は青野さんとのつきあいは長いのですが、経営者としての原点について深く伺ったことがありませんでした。貴重な機会なので、まず、その原点について伺えればと思いますが。

青野 僕の原点といえば、サイボウズの社長になってから経営がうまくいかなくて、「死にたい」と本気で考えたときになると思います。周囲の助けもあって何とか立ち直ることができて、それ以来、経営観も人生観も一変しました。

田坂 差し支えなければ、その経験について伺えますか。

青野 僕は創業社長ではなくて、1997(平成9)年の創業時には松下電工(現パナソニック)時代の先輩( 高須賀宣氏)が社長でした。その方が2005(同17)年に退社されて、僕が後継社長になったんです。当初は、「自分が社長になれば、もっとうまくやっていける」と自信満々でした。

ところが、全然うまくいかなくて、社員はどんどん辞めていきました。事業もうまくいかず、規模を拡大しようとM&A(合併・買収)に走ったんです。わずか1年半で9社も買収しました。でも、それらの会社をうまくマネジメントできず、赤字が膨らんだり、社内クーデターが勃発したりする状況に追い込まれてしまって……。

すっかり自信喪失して、役員たちに「社長としての能力がないとわかったので、辞めさせてください」と言ったんです。でも、「青野さん、いまのこの状況で辞めるんですか?」と言われて、ハッとしました。たしかに、社員のことを考えたら、社長が会社を投げ出すなんて許されない状況でした。

田坂 それは、まさに「進むも地獄、退くも地獄」の状況ですね。

青野 ええ。経営者として自信もなければ逃げ場もなくて、ただもう「消えたい」「死にたい」と思いつめました。そんなとき、コンビニで『松下幸之助 日々のことば』(PHP研究所)という本に偶然出合ったんです。藁にもすがる思いで手に取って開きました。

開いた最初のページにあった、「本気になって真剣に志を立てよう。強い志があれば事は半ば達せられたといってもよい」という言葉が目に飛び込んできて、「自分に足りないのはこれだ! 経営者として本気で志を立てないといけなかったんだ。死のうと思ったこの命を、社員たちのために使おう」と決意しました。そこから、僕の人生観、経営観が一気に変わったんです。

―サイボウズの離職率は05年に28%もあったのが、いまは4%前後に下がっていますね。好転の端緒となったのが、青野社長の“一念の転換”だったのでしょうか?

青野 そうですね。死の危機を乗り越えたことは、僕の人材観の転換点でもありました。それ以後は社員への感謝の気持ちが強まりましたし、各自のいいところが目につくようになりました。徐々に変わったのではなく、パチンとスイッチが切り替わった感じです。そこから社員への接し方が変わり、働きやすい環境をつくろうという姿勢に変わったことが、離職率低下につながったのだと思います。

田坂 青野さんは、IT企業経営者のイメージとは違う、爽やかで謙虚な方だと感じていましたが、いまのお話を伺って、「ああ、そういうどん底の体験をお持ちだからなのか」と得心がいきました。

青野 「謙虚」であるかどうかはわかりませんが、「自分の至らなさに常に気づいている感覚」は、経営者にとって大切だと思います。

田坂 よくわかります。その感覚があるからこそ、社員に対する感謝の念がわくのですね。

経営者が定めるべき覚悟は「死生観」をつかむこと

田坂 経営の世界で、昔から語られてきた格言があります。「経営者として大成するには、3つの体験のいずれかを持たねばならぬ。戦争か、大病か、投獄か」という言葉です。戦争と投獄は現代日本では縁遠いですが、要は「生きるか死ぬかの瀬戸際の体験」が、経営者として大成するために不可欠だということです。青野さんの原点の体験は、まさにそれと思います。そうした体験を通じて「死生観」をつかむことこそ、経営者にとって最も大切な覚悟です。なぜなら、「死生観」を定めることで、いかなる逆境にも動じない「逆境観」と、己の命を大切に使おうとする「使命観」が定まるからです。
私自身、41年前に大病をして生死の体験を与えられ、人生観が変わりました。そのときの体験、「明日、死ぬ」という逆境に比べるなら、他のいかなる逆境も、大したことはないと思えるのです。

青野 僕もそうです。多少の逆境があっても、「死にたい」と思いつめたときより100倍ましだと思うので、動じません。むしろ、「やるべきことがたくさんあって、大繁盛でうれしいね」と、腹の底から思えるんです。

田坂 「経営者は楽天的であれ」とよく言われますが、それは単なる楽観主義ではなく、「明日、死ぬ」という覚悟を持つことなのですね。「今日の命があるだけで、有り難い」と腹を据えたら、いかなる逆境も、「己の成長のために天が与えたもの」と思えるのです。

青野 田坂先生は、死生観をつかむとは「人は、必ず死ぬ」「人生は、一度しかない」「人生は、いつ終わるかわからない」という「三つの真実」を直視することだと書かれていますね。僕はそれを読んで自分の体験が言語化できました。「三つの真実」はあたりまえのことですが、それを自分ごととして捉え、常に心から引き出せる状態にしておくことが、死生観をつかむということなのだと思います。

田坂 その通りです。私はよく講演で、「『一期一会』は人生の真実です」と話します。仕事でよく会っている相手でも、次にまた会えるとは約束されていません。毎日生活を共にしている家族でさえ、そうです。実は、我々の人生における人との出会いは、一度一度が奇跡の瞬間なのです。そして、そのことに気づくだけで、人生の風景が変わります。日々の瞬間が輝いて見えるのですね。

青野 死生観をつかむと、一期一会の重みも理解できるようになりますね。

日本型経営の成熟した思想―世界の経営はそこに向かう

田坂 「一期一会」以外にも、日本には素晴らしい言葉が数多くあります。たとえば、「ありがとう」「ありがたい」もそうです。「有り難い」。それは、すなわち「It is a miracle」という意味であり、「あなたと一つの時を共にするこの瞬間は奇跡の一瞬だ」と感謝する言葉なのですね。その深い意味を理解すれば、「ありがとう」と口にするたびに、その一瞬を大切にしようという思いになるはずです。

撮影 鷹野 晃
構成 本誌編集長 前原政之


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本記事は、月刊『理念と経営』2025年1月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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