『理念と経営』WEB記事
特集1
2024年 12月号
責任感に動かされ 駆け抜けた激動の20カ月

株式会社ヒイズル 代表取締役社長 井上直樹 氏
社会を一変させた新型コロナウイルスは福岡最古の和牛ブランドにも深刻な被害を与えていた。ところが、そんな誰もが諦める危機的状況に、ただ一人抗った和食店経営者がいる。そして、その勇気は畜産の未来を変え始めた。
筑穂牛を守りたい
その一心での 決断 だった
2020(令和2)年、新型コロナウイルスの流行の最中のことだ。福岡県飯塚市(旧筑穂町)で老舗和食店「あかね荘」を展開するヒイズルの3代目・井上直樹さんは、店の営業に大きな影響が生じるなか、地域が抱えるもう一つの深刻な問題に直面していた。それは「あかね荘」の看板食材であり、地域で長く愛されてきた「筑穂牛」が、消滅の危機に瀕しているという事実だった。
筑穂牛は飯塚市で生産される希少なブランド牛で、ヘルシーでありながら深い旨味を持つことで知られる。だが、近年では畜産農家の後継者不足、餌代の高騰など数々の困難が重なり、生産者数は減少の一途をたどっていた。
「そこに追い打ちをかけたのがコロナ禍でした。飲食店が軒並み営業できない状況となるなか、畜産農家さんは出荷の時期が来ても利益が出ない状況が続いていたんです」
井上さんが衝撃を受けたのは、そのなかで元々数の少なかった生産者のほとんどが廃業を決め、すでに数カ月間にわたって仔牛の導入が行われていないことを知ったからだ。筑穂牛の肥育では仔牛を20カ月間のサイクルで出荷していくため、2年を待たずに「あかね荘」で使う肉も手に入らないということになる。
「そのとき、思ったんです。自分たちの世代で歴史ある筑穂牛を消してしまっていいのか、と。次の世代に筑穂牛を残さなければならない。最初に胸に生じたのは、そんな責任感でした」
そうして井上さんはある大きな決断を下す。筑穂牛の肥育に自ら乗り出すことにしたのである。廃業したばかりの畜産農家の一人に協力を仰ぎ、まずは仔牛を買った。同時に畜産部門を作り、生産者に社員として働いてもらって肥育のノウハウを残した。周囲からは止める声も多かったが、それでも「筑穂牛を残す」という思いが彼を突き動かしていた。
「初めて2頭の仔牛を約90万円で購入した瞬間、もう後戻りはできないと覚悟しました」
取材・文 稲泉連
写真提供 株式会社ヒイズル
本記事は、月刊『理念と経営』2024年 12月号「特集1」から抜粋したものです。
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