『理念と経営』WEB記事
特集2
2024年 11月号
「志」を持つ企業はなぜ強いのか

名古屋商科大学ビジネススクール教授 磯辺剛彦 氏
『世のため人のため、ひいては自分のための経営論ミッションコア企業のイノベーション』(白桃書房)の著者である磯辺教授に、企業の生命力と志の関係性について聞いた。
「できっこない」を可能にしてしまう
――ご著書のサブタイトルにある「ミッションコア企業」とは、どのような企業なのでしょうか?
磯辺 松下幸之助氏の有名な言葉に「世のため、人のためになり、ひいては自分のためになるということをやったら、必ず成就します」とあります。こうした、人々の暮らしを豊かにすることを経営理念として実践している企業を、私は「ミッションコア企業」と呼んでいます。
そこに共通するのは、社会的な不満、不安、不便など、さまざまな「不」を解消する事業を展開していることです。
――経営理念や社是といった「志」は、経営戦略や事業活動にどのような役割を果たすのでしょう?
磯辺 経営理念は、企業経営の原理原則です。根底に流れる哲学です。図をご覧いただきたいのですが、それらを土台として生まれてくるのが使命・ミッションです。言い換えれば存在領域、すなわち自分たちは何者で、何をすべきなのか、社会のどのような「不」を解消するのかを明確にします。
そして、その経営理念やミッションを実現するためには基本方針が必要で、さらにそれを実現するのが独自の仕組みとなります。
――優れた基本方針や仕組みは、どんな特徴を持っていますか?
磯辺 社会的価値と経済的価値のトレードオフ(一方を追求するともう一方を犠牲にしなければならない、両立が難しい関係性)があることが特徴です。たとえば「過疎地に繁盛店をつくる」など、「そんなことできっこないだろう」と思われるような基本方針を立てて、それを両立させるような仕組みをつくっています。それが差別化の根幹になっています。
――例えば、どんな企業がありますか?
磯辺 長野市の中央タクシー株式会社は、苦境のタクシー業界の中にあって傑出した業績を上げています。その経営理念は「お客様が先、利益は後」。そこから「できっこない」と思われる価値を創造しています。たとえば、同社には自宅と空港(羽田・成田)を結ぶ24時間対応の「空港便」があります。その乗客が自宅にパスポートを忘れたことに気づいたことがあったそうです。そのときパスポートを取りに引き返す時間的余裕はなかったため、知らせを受けた本社の社員がお客様の自宅までパスポートを取りに出向き、後発の「空港便」で運んだといった話もあります。
イノベーションは「制約」から生まれる
――日本企業の経営理念やミッションは、欧米企業のそれと比較してどのような違いがありますか?
磯辺 欧米の経営戦略論における存在領域の決め方は、「誰に・何を・どうやって」というのが基本です。例えば、「病院に・レントゲン撮影機器を・ダイレクト販売する」という具合です。それに対して、日本のミッションコア企業の決め方は、「身体の中にある見えない疾病やけがを見つける」というふうに、“物”そのものではなく、お客様に対してどのような“価値”を提供するかという“顧客価値”で定義されることが多いのです。それによって、構想が広くなり、環境変化への対応力が生まれ、企業の生命力が強くなります。
取材・文 長野 修
撮影 編集部
本記事は、月刊『理念と経営』2024年 11月号「特集2」から抜粋したものです。
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