『理念と経営』WEB記事

新たな夢を作ってくれた「ラ・カンパネラ」

海苔漁師・ピアノ愛好家 徳永義昭 氏

52歳からフランツ・リストの「ラ・カンパネラ」を弾くためにピアノを始めた佐賀県の海苔漁師、徳永義昭さん。猛特訓の先に見えた新しい景色とは。

「ラ・カンパネラ」が人生の転機に

「ちょっとピアノば弾きますか」。徳永さんはそう言うと、よどみなくグランドピアノを弾き始めた。リストの「ラ・カンパネラ」を弾いてくれるのかと思っていたら違った。曲は、戦争で引き裂かれた男女の悲恋を描いた往年のイタリア映画『ひまわり』の主題歌だった。

間近で聴くグランドピアノの音は、体が揺さぶられるほどの迫力があった。だがそれ以上に、鍵盤の上を自在に動く太い指に目が行った。

「これでも細うなったとですよ」と、ご本人は笑う。

有明海を望む佐賀市に「カンパネラおじさん」こと、徳永義昭さんを訪ねた。今年4月に永眠した“奇蹟のピアニスト”フジコ・ヘミングさんのコンサートでも何度か共演した、異色の海苔漁師である。

お邪魔したのは自宅の2階。自身の練習の場ともなった、子どもたちのピアノ教室を開いている妻の千恵子さんのアトリエだ。12年前、52歳だった徳永さんは偶然、テレビから流れてきたヘミングさんの「ラ・カンパネラ」に惹きこまれ、自分もこの曲をピアノで弾いてみたいと思いたった。

家にピアノがあったが、それまで触ったこともなく譜面すら読めなかった。だが懸命に精進を重ね「ラ・カンパネラ」を習得したのだ。

そうして7年目の2020(令和2)年、あるテレビ番組に応募したことによってヘミングさんの前で演奏する機会を得たのである。

「嬉しかったとです。いつかフジコさんに聴いてもらいたいち思っとった夢が実現したとですから」

演奏が終わると、ヘミングさんは「あなたの人間性が音に伝わって自然にいい音が出ている。すごいです」と拍手を惜しまなかった。

「感激でした。お会いできただけで、もう光栄でしたもん」

彼女は、徳永さんの太い指を「演奏家の指だわ」とも評した。

「こいは、おべんちゃらかなと思いよりました。フジコさんの指も太かけんが、おいば褒めようとして、実際は自分ば褒めようとかな、と」

徳永さんは機知に富んだユーモリストだ。トークも上手い。だから演奏会の依頼が後を絶たないのだろう。それに応えるためにレパートリーも増やしているという。

パチンコに明け暮れた日々が一転

海苔漁の繁忙期は秋から冬の半年間である。10月には、いくつも海に張った海苔網に海苔の種付けを行う。収穫は満潮時に行い、翌年3月まで続く。海苔が60cmほどに育つと20c残して、40cm摘み取る。残した海苔は何度も育つ。徳永さんは7つの養殖場を持ち、毎日1カ所ずつ場所を変えて収穫を続けるという。

「休みなしです。1日でも休めば次は2日分頑張らんばいかん」

取材・文/鳥飼新市
撮影/手島雅弘


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本記事は、月刊『理念と経営』2024年 10月号「人とこの世界」から抜粋したものです。

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