『理念と経営』WEB記事
特集2
2024年 9月号
増えるM&A――成功する企業の条件
東京大学応用資本市場研究センター 特任教授 センター長/神戸大学名誉教授
忽那憲治 氏
M&Aを積極活用する中小企業が増える昨今。活用に成功した企業が躍進する一方、トラブルも目立つ。神戸大学・中小М&A研究教育センター長を務める忽那憲治客員教授に、М&A拡大の背景と成功のポイントを聞いた。
「売る側」と「買う側」双方に恩恵をもたらす
――中小企業にM&Aが広がってきた背景は?
忽那 後継者難が大きな要因だと考えられます。事業承継、世代交代の時期が迫っても、子どもはじめ家族・親族が中小企業経営に魅力を感じなくなっている。後を継ぐという意思を示さないケースが増えています。かといって、従業員が引き継ぐには、個人保証が足かせになる。そうしたなかで第三者承継としてのM&Aが重要な選択肢となってきました。
一方で、M&Aはデリケートなものです。社長自身も選択に悩みがちで、誰彼となく気軽に相談できるわけもありません。そこで25年ほど前、大阪商工会議所とともに中小企業のM&Aに関する相談窓口を開設しました。相談する企業、経営者の匿名性を保ちつつ、金融機関や税理士、弁護士などの専門家につないでいき、円滑な第三者承継を実現していく仕組みです。
最初の案件だった零細事業者は、最大手の引っ越し事業者に経営を委ねることになりました。その後も、買収側・被買収側双方にとって満足のいく案件がいくつも成立していきました。
こうした実例に触れるなかで、M&Aの活用は、事業承継にとどまらず中小企業にとって価値をもたらすものではないかと気づきました。神戸大学に「中小M&A研究教育センター」を設けたのはこのためです。
――M&Aは「売る側」「買う側」双方にメリットがあって初めて成立するものですね。
忽那 「売る側」には、手塩にかけて育てた事業を継続し、従業員の暮らしを守ることができるなどの利点があります。一方、「買う側」には、いわゆる「両利きの経営」を指向する企業が多いようです。既存事業の深化と新事業の探索を同時に行っていくには、すでにビジネスモデルが完成している企業や事業部門を組み入れるのが近道との考えです。つまり、新事業を探索し軌道に乗せるまでの時間を買っているのです。
中小M&A研究教育センターが主催したシンポジウムの登壇例でも、ビルメンテナンス業を営む経営者による複数の企業、事業の買収は、多角化による事業ポートフォリオ(事業の組み合わせの一覧)の変革がM&Aの目的でした。
実は、中小企業の営業利益率は顕著に減少しています。財務省のデータによれば、1960年代後半は8%程度だったところ、現在は2%を切る水準です。永続してきた事業が儲からなくなっているため、利益に対する意識の高い経営者が、M&Aによって事業ポートフォリオに変えていこうと動いています。
取材・文 米田真理子
本記事は、月刊『理念と経営』2024年 9月号「特集2」から抜粋したものです。
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