『理念と経営』WEB記事

第108回/『小さなものづくり企業の営業改革大作戦』

中小企業の営業の「底上げ」を図るための本

『理念と経営』では、2024年12月号で「営業」についての特集を組む予定です。
中小企業の営業を改善する一助となる有意義な特集にしようと、編集部一同張り切っています。

まだ夏真っ盛りですが、すでに企画検討がスタートしており、そのために資料の読み込みもしています。

特集の資料として私が読んだうちの1冊が、今回取り上げる『小さなものづくり企業の営業改革大作戦』です。とてもよい本なので、当連載でも取り上げようと思ったしだいです。

これは、金属プレス加工分野の専門誌である月刊『プレス技術』(日刊工業新聞社)の、臨時増刊号として発売されたムックです。

ムック(Mook)とは「Magazine」と「Book」の合成語で、雑誌形式の本を指します。そのため、本文では「本書」ではなく「本誌」という表記が用いられていますが、ここでは便宜上「本書」と表記します。

本書はタイトルが示すとおり、「小さなものづくり企業」向けに、営業改革の方途を探っていく内容です。
当然、主要なターゲット読者は、中小製造業の経営者や管理職でしょう。

しかし、中身を読んでみれば、本書に紹介された営業ノウハウはどれを取っても、製造業に限らず、あらゆる「小さな企業」にあてはまる普遍性を持っています。

ただし本書は、すでに営業をバリバリやっていて着実に成果を上げている中小企業には、あまり読む必要がない本です。
これまで営業に力を入れていなかった小さな企業が、初めて本腰を入れて営業に取り組もうと考えたとき、何をどうすればよいのかを懇切丁寧に解説した内容であるからです。

つまり、営業力90の企業を100にするための本ではなく、営業力ゼロに近かった企業を10や20に“底上げ”するための本と言えます。
そうした企画意図に合致した中小企業の経営者が読めば、大変有益な1冊と言えるでしょう。

「良いものを作れば売れる」時代の終わり

著者の新開(しんかい)潤子氏は「ものづくりライター」を名乗っています。ビジネス/経営系のライターの中でも、「ものづくり」分野を専門とするライターなのです。

彼女は、元々は出版社勤務を経てフリーライターとして活躍していた方。その後、結婚を機に中小装置メーカーに転職し、ものづくりの基礎を現場で学びました。

また、メーカー時代には、ひょんなことから、同社の自社開発製品であるレーザ溶接機の営業を、「ひとり営業」体制で任されました。それまで営業経験はなかったものの、1人でできる営業方法を工夫することで《通算で数億円の受注を獲得することができた》そうです。

そのようなメーカー時代の成功体験をベースに、ものづくりライターとしての豊富な取材経験も踏まえて書いたのが、本書なのです。

本書の背景として、近年、製造業ビジネスに大きな変化が起きていることがあります。
コロナ禍以降に顕著になった、「良いものを作っていれば自然に次の注文がくる」時代はもう終わった、という変化です。

「町工場」をもじった「待ち工場」という言葉もある通り、従来、小さな製造業には、元請けメーカーからの注文を待っているだけの企業が多かったものです。

《製造業は完成品メーカーを頂点としたサプライチェーンが構築されていることもあり、従来であれば親事業者からの依頼に対して品質・価格・納期を守って納めていれば、継続して注文が来るのが当たり前でした》

ところが、近年はあらゆる面で社会変化が激しいので、「良いものを作っていても次の注文が来ないかもしれない」時代に突入しました。だからこそ、これからは小さな町工場でも、営業に力を入れないといけないのです。

とはいえ、ずっと「待ち工場」としてやってきた会社には、営業部はおろか営業担当者すらいないケースも多く、営業ノウハウの蓄積もありません。

《最近では顧客から「ウチに頼らなくてもやっていけるように仕事探しておいてね」などと言われて途方に暮れている会社もあると聞いています。このような状況になってから急に「今から営業しなきゃ!」と思い立っても、どこから手をつけていいのか分からないのではありませんか?》(「はじめに」)

まさにそのようなニーズに応えるべく、本書は企画されたのです。

「頭を下げる営業」より「売れるようにする営業」を

一般に、「営業」といえば「ノルマに追われ、顧客にひたすら頭を下げ、強引にモノを売る仕事」というイメージが強いでしょう。
しかも、営業担当者には高いコミュニケーション能力と「立て板に水」の弁舌が求められる、というイメージもあると思います。

《製造業にはものづくりに真摯に向き合う仕事が多いからか、コミュニケーションを苦手とする口下手な方が多い》こともあり、「これからは営業に力を入れないと」と言われても途方に暮れる経営者も多いでしょう。

しかし、本書はそのような営業を勧める内容ではありません。むしろ逆で、《頭を下げる営業はもう古い!》《「売れるようにする」仕組み作りに注力しよう》と訴える本なのです。
つまり、従来の営業概念を変えるところから説き起こされており、「頭を下げてお願いする」古い営業ではない、新しい営業が提示されていきます。

著者の新開氏は、メーカー時代に「ひとり営業」を任されたとき、「必要としていない人にどんなに頭を下げても絶対に売れないんじゃないか」と思い知りました。そして、自ら工夫して「売り込まない営業の3ステップ」を練り上げ、そこに注力することで大きな売り上げを上げたのです。

それは《強みとターゲットを絞り込む》《引き合いを呼ぶ営業》《選定してもらう営業》の3つであり、本書全体もその3ステップに沿った内容になっています。

製造業に限らず、中小企業は総じて「ヒト・モノ・カネ」のリソースが乏しいので、営業に多くのリソースを割くことができません。ベテラン営業パーソンを雇用するとか、成果が見えない営業に多大なマンパワーを費やすといったことは、なかなか難しいのです。だからこそ、本書は「売れるようにする仕組み作り」にウエートを置いた内容になっています。

11社のケーススタディで具体的な学びが

本書には、1人からでも、また専業の営業担当者がいなくてもできる「営業改革の打ち手」が、たくさん紹介されています。
たとえば、コーポレートサイト(自社ウェブサイト)のリニューアル、会社案内や営業資料(プレゼン資料)といった紙の営業ツールの見直しなどです。

また、営業の「基本のき」をレクチャーすることにもかなりページが割かれています。
たとえば、《会社を見つめ直す》という章では、自社の強みを正確に把握するための「SWOT分析」「3C分析」「4P分析」のやり方などが紹介されています。
それらは、すでに営業に力を入れてきた企業なら自明のことでしょうが、本書の対象となる「小さなものづくり企業」には有益でしょう。

かくいう私も営業の経験は皆無ですから、本書の「営業入門」的なページは大いに勉強になりました。

また、本書の大きな魅力の1つは、著者が取材した企業の事例が「ケーススタディ」として多数載っていることです。

ケーススタディは全部で11本にのぼり、内容は多岐にわたります。
コーポレートサイトをリニューアルして売上が上がった事例、営業資料を見直して顧客が増えた事例、展示会出展で約20社の新規顧客を得た事例、制服も営業ツールと捉えてデザインを一新した事例など……。
いずれも、「小さなものづくり企業」による営業改革の具体例であり、大いに読者の参考になるでしょう。

製造業に限らず、あらゆる中小企業がゼロから営業を見直すためのテキストとして、秀逸な1冊です。

新開潤子著/日刊工業新聞社/2022年11月刊
文/前原政之

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