『理念と経営』WEB記事

「誰のための経営か」を いまこそ問い直せ

ロイヤルホールディングス株式会社代表取締役会長 菊地唯夫   氏 ✕ 東京女子大学特別客員教授 内田和成  氏

危機に瀕したロイヤルグループの再建を託され、その道筋をつけたのも束の間、コロナ禍によって大打撃を受けた。だが、菊地唯夫会長はこの未曽有の危機すらも「企業を成長させるチャンス」と捉え、さらなる経営改革を推し進める。氏の経営力を高く評価してきた内田和成氏との対談から「これからの企業経営のあり方」が見えてくる―。

2期連続赤字の危機が、経営者としての原点に

内田 菊地会長はバンカー(銀行家)から出発され、ドイツ証券を経て2004(平成16)年にロイヤルに入社されましたね。その時点で「将来は社長に」という含みがあったのですか?

菊地 まったくありません。自分が経営者に向いているとは思っていなかったので、その後社長になったことは予想外でした。

内田 どうして予想外の展開に?

菊地 入社翌年に、ロイヤルの創業者(江頭匡一氏)が亡くなったことが最初のきっかけです。非常にカリスマ性の高いトップだったので、ロイヤルはそこで大転換をすることになりました。創業者を中心に強い求心力でまとまっていた組織を、逆に遠心力を効かせる組織に変えようとしたんです。

内田 それまで創業者が一人で行っていた意思決定を、事業ごとに店ごとに、現場の一人ひとりが行うようにしたということですね。

菊地 そうです。方向性としては正しかったのですが、それによって、中小企業の寄り合い所帯のようになってしまったのです。

内田 大企業としてのシナジー(相乗効果)が効かなくなった、と。

菊地 ええ。そこにリーマン・ショックが到来したこともあり、08(同20)年、09年と2期連続赤字に陥ってしまいました。それをきっかけとして、会社の中に深刻な対立が生じたのです。派閥争いではなく、生き残り戦略を巡る路線対立でした。

内田 会社の危機に際しては、とかく路線対立が生じがちですね。

菊地 そうですね。ロイヤルの場合、路線対立が抜き差しならない状態になって、私は当時の会長に「お前が社長になって収拾しろ」と言われたんです。10(同22)年、44歳のときでした。

内田 ある意味で、リーマン・ショックと2期連続の赤字という危機が、菊地さんを経営者にしたわけですね。荒波の中で社長に就任されて、最初にやられたことは何ですか?

菊地 日本の外食市場がピークを迎えた1997(同9)年から、私が社長に就任した2010(同22)年までの14年間の業績推移を分析したら、増収・減益と減収・増益を3~4年のスパンで繰り返していたんです。その悪循環を断ち切って、増収・増益が続く会社に変えることが私のミッションだと考えました。そのため、就任して6カ月後に、10年先まで見据えた経営ビジョンを発表して、それを従業員に共有していきました。

内田 長期的ビジョンを社員の拠り所としたわけですね。

菊地 ええ。というのも、外食産業はとかく前年比に引きずられがちなので、もっと長い時間軸で将来を考えないといけないと思ったからです。そして、ビジョン達成のために、グループ全体の既存事業を、ブランド・成長・収益基盤・業態開発・海外進出の5つのミッションに沿って整理する改革を打ち出しました。

内田 ロイヤルというと「ロイヤルホスト」しか思い浮かばない人も多いでしょうが、それはグループの一部門ですね。

菊地 はい。私どものグループは、外食事業・コントラクト事業・ホテル事業・食品事業という4つの柱から成ります。空港・高速道路や病院など大規模施設内で食を提供するコントラクト事業、外食事業ではロイヤルホスト以外にも、天丼の「てんや」やサラダバー&グリルレストランの「シズラー」などがあります。
10年ビジョンの中では、ロイヤルホストのブランド再構築を徹底するとともに、てんやとコントラクトに成長を担わせるなど、それぞれが優先的に担うミッションを明確にしました。

内田 ロイヤルホストのブランド再構築とは、具体的にはどういうことですか?

菊地 はい。ロイヤルホストの店舗のうち、当時は4分の1が赤字もしくは赤字すれすれの状態でした。そうなると従業員も疲弊してしまい、顧客満足度も下がっていました。何よりもまず、ロイヤルホストの従業員たちに誇りを取り戻させないといけなかった。ロイヤルグループのブランドの源泉ですから。逆に、てんやや機内食やコントラクトばかりが頑張っても、「最近のロイヤルはすごいね」とは誰も言ってくれませんからね。だからこそ、ロイヤルホストのブランド再構築に注力しました。ブランドなら店舗数を追う必要はないので、当時280店舗あったものを220店舗まで減らしました。その代わり、残すと決めた店舗には徹底的にお金をかけました。6年間で約100億円投下しましたから。

内田 成長しないと株主の期待に応えられないので、見た目だけでも成長させるために手っ取り早いのは新店を出すことなんですよね。飲食や小売の上場企業では、業績が悪くなるとそういう「負のスパイラル」に陥りがちです。御社も一時期そうだったと思いますが、菊地さんは社長時代、新店頼りをやめて既存店に振り切ったわけですね。

菊地 はい。私は当時「既存店にお金はかけるが、成長は求めない」とはっきり言いました。いまのロイヤルホストが担う役割は成長ではない、と……。その代わり、成長はてんややコントラクト事業に担ってもらおうと考えました。

いまの時代に成長できる事業の条件を考えてみると、高齢化社会向けやインバウンド(訪日外国人)向けの事業がまず挙げられます。
てんやはお年寄りのテイクアウト利用が多く、インバウンドが増えると空港のレストランなどがお客様で賑わいます。しかも、てんやは出店の投資額が小さくて、アセットライト(保有資産を軽くする)経営に向いています。だから、成長はその2つに担ってもらおうと考えたわけです。

内田 なるほど。まさに「ポートフォリオ経営(経営資源を効率よく分配し、企業の利益を最大化させる手法)」ですね。

菊地 はい。企業にはブランドも開発も成長も収益も必要ですが、それを各事業がすべて担うのではなくて、グループ内で役割分担して、有機的に一体となって取り組むということです。

ロイヤルホストのブランド再構築が赤字解消のカギに

内田 既存店に思い切って投資するというのは、たとえば内装を変えることなのか、設備投資なのか、それとも従業員教育なのか?

菊地 段階的にすべてやっていきました。最初に変えたのは内装です。たとえば座席の高さも、30年くらい経つと最適値が変わるんですね。日本人の平均身長も変わりますから。1店舗3500万円くらいかけて、座席や照明など、すべてをいまの時代にふさわしくアップデートしていきました。

撮影 中村ノブオ
構成 本誌編集長 前原政之


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本記事は、月刊『理念と経営』2024年 8月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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