『理念と経営』WEB記事

第104回/『エフェクチュエーション――優れた起業家が実践する「5つの原則」』

日本初のエフェクチュエーション入門

ここ数年、経営・ビジネスの世界で大きな注目を浴びているキーワードの1つに「エフェクチュエーション」(Effectuation)があります。
『理念と経営』の2024年5月号でも、人気連載「古永泰夫のマーケティング塾」のテーマとして大きく取り上げたので、それをお読みになった方も多いでしょう。

「エフェクチュエーション」とは、「有効な」という意味の英語「effectual」に、接尾辞の「-ation」を組み合わせた造語です(日本語では「実効理論」と訳されることもあります)。これは経営における意思決定についての理論であり、一種の思考法とも言えます。

この言葉を作り、理論として提唱したのは、米国の経営学者サラス・サラスバシー(ヴァージニア大学ビジネススクール教授)です。
彼女がカーネギーメロン大学の博士課程在学中に行った研究から生み出された理論で、学術誌『アカデミー・オブ・マネジメント・レビュー』で最初に論文として発表されたのは2001年のこと。以来、幅広い分野で大きな反響を呼び、サラスバシーは経営学者として脚光を浴びたのです。

「エフェクチュエーションは、21世紀における経営学最大の前進だ」という声すらあるほどで、サラスバシーはその功績によって、2022年に世界的なアントレプレナーシップ研究の賞を受賞し、10万ユーロの賞金も得ました。

今回取り上げる『エフェクチュエーション――優れた起業家が実践する「5つの原則」』は、日本で初めて刊行されたエフェクチュエーションの入門書です。

“エフェクチュエーションの語り部”

本書に先立って、2015年にサラスバシー自身の著書が『エフェクチュエーション――市場創造の実効理論』(碩学舎)のタイトルで邦訳されています。ただ、こちらは学術書なので一般人が読むにはいささか難しく、ハードルが高かったのです。

ここ数年、エフェクチュエーションが注目を浴びたこともあり、読みやすい一般向け入門書のニーズが高まってきたということでしょう。

本書のメイン著者である吉田満梨氏(神戸大学大学院経営学研究科准教授)は、サラスバシーの著書の訳者の1人でもあります。氏は本書の「はじめに」で、次のように述べています。

《新市場創造プロセスに関心を持つマーケティング研究者であった私自身は、2009年にエフェクチュエーションの論文と出会い、新たな市場形成を説明する、極めて妥当性の高い理論であると感じました。そして前掲の書籍の翻訳に関わった後、関西学院大学、京都大学、神戸大学をはじめとするビジネススクールや、さまざまな企業等の講演・セミナーなどの場で、エフェクチュエーションをお伝えする機会に恵まれてきました》

この言葉通り、エフェクチュエーションについてさまざまな場を通じて語り、広めてきた、「語り部」ともいうべき研究者なのです。本書の著者にふさわしいと言えるでしょう。

「VUCAの時代」にふさわしい画期的理論

そもそも、エフェクチュエーションのどのような点が画期的だったのでしょう? 本書の「はじめに」には次のようにあります。

《エフェクチュエーションの大きな特徴は、従来の経営学が重視してきた「予測」ではなく、「コントロール」によって、不確実性に対処する思考様式であることです》

従来の経営学では、経営者が目指す目的を達成するため、何をすべきかを「予測」によって考え、戦略を練っていきました。経営の未来に起きることはある程度まで予測可能だという前提に立って、成功見込みの高いプロジェクトに経営資源を配分するアプローチだったのです。

サラスバシーは、そのような目的主導・予測主導のアプローチを「コーゼーション」(Causation:因果論)と名付けました。
エフェクチュエーションのアプローチは、その対極にあります。手持ちの手段(資源)によって何ができるかを考えることから出発し、起きたことに的確に対処していくことを重視するのです。手段主導・コントロール主導のアプローチと言えます。

サラスバシーは、博士課程在学中に行った実験の結果から、そのアプローチにたどりつきました。その実験とは、米国のシリアルアントレプレナー(連続起業家)27人を対象としたものでした。

いずれも3つ以上のベンチャーを起業した経験を持ち、「成功した起業家リスト」に名前が載っている人たちでした。彼らに、同じ架空の製品を扱う新会社を設立するという状況設定を与え、起業家が直面する10の典型的な問題について、どのような意思決定をするかを確かめる実験だったのです。

27名の経験や業界などは多様でしたが、彼らが行った意思決定には明確なパターンがありました。手持ちの手段を活用して生み出す効果(effect)を重視する点が、共通していたのです。

《熟達した起業家には、最初から市場機会や明確な目的が見えなくとも、彼がすでに持っている「手持ちの手段(資源)」を活用することで、「何ができるか」というアイデアを発想する、という意思決定のパターンが見られました》

つまり、成功した連続起業家たちの意思決定は、コーゼーションのアプローチから外れていたわけです。サラスバシーは、それはなぜなのかを深く探求することで、エフェクチュエーションの理論を磨き上げていきました。そして、本書の副題にある「5つの原則」にまとめたのです。

「コーゼーション」のアプローチは、最初から目的が明確で、しかも達成までの環境が分析によって予測可能な場合には、効果を発揮します。しかし、これまでになかった事業や市場を新たに創造するケースでは、うまく働きません。

また、目的が明確で、そこまでの道筋が予測可能であっても、達成までに必要な資源が用意できなければ、コーゼーションのアプローチを取ることができません。

《環境の不確実性が高い場合や活用できる資源に制約がある場合に、コーゼーションのアプローチではすぐに行き詰まってしまうのです》

コーゼーションの対極にあるエフェクチュエーションのアプローチが脚光を浴びているのは、いまが不確実性の高い「VUCAの時代」だからでもあります。
未来は予測不可能であるという前提に立ち、予測ではなくコントロールによって不確実性に対処していくエフェクチュエーションは、「VUCAの時代」にふさわしいのです。

エフェクチュエーションの「5つの原則」

サラスバシーは、熟達した起業家の意思決定パターンを分析して、そこから次の「5つの原則」を抽出しました。

1.「手中の鳥(bird in hand)の原則」――手持ちの資源を活用して何ができるかを考えること。「資源」には人脈・知識・能力なども含まれる

2.「許容可能な損失(affordable loss)の原則」――失敗したときに生まれる損失の許容範囲を、あらかじめ決めてから挑戦すること

3.「クレイジーキルト(crazy quilt)の原則」――目的達成のために協力者を探すのではなく、組める相手とは組んでパートナーシップを構築しようとすること(「クレイジーキルト」とは、色や形の異なる多様な布を組み合わせて作る布のこと)

4.「レモネード(lemonade)の原則」――「人生がレモンを与えるなら、レモネードを作れ(when the life gives you lemons, make lemonade)」という英語のことわざを踏まえたもの。予想外の事態を避けようとするのではなく、学習・拡張の機会と捉えて活用すること

5.「飛行機のパイロット(pilot in the plane)の原則」――不確実性の高い状況でも、パイロットのように自分がコントロールできることに意識を集中させ、臨機応変な対応を取ること

本書では、これら「5つの原則」の解説に各1章が割かれています。
その中では有名企業の事例なども随所で紹介され、各原則がどのような意味なのか、なぜその原則が大切なのかが、よくわかるように構成されています。

私自身、ウェブ上にたくさんあるエフェクチュエーションの解説記事だけではよくわからなかったことが、本書を読んで初めて理解できました。

中小企業経営者はエフェクチュエーションに学べ

エフェクチュエーションという言葉に触れて、中小企業経営者の中には「難しそう」「自分には関係ない」と食わず嫌いしてしまう人もいるかもしれません。

しかし、エフェクチュエーションは中小企業経営者こそ学ぶべき意思決定理論と言えます。なぜなら、中小企業にふさわしい戦い方を教えてくれる理論だからです。

従来のコーゼーション型アプローチは、資源の乏しい中小企業にはそもそも難しい面がありました。それに対し、手持ちの資源の活用からスタートするエフェクチュエーションなら、中小企業にも大きなリスクはなく取り組めるのです。

「でも、うちの会社に活用できる手持ちの資源なんてないし……」と思う向きもあるでしょう。しかし、本当にそうでしょうか? 活用できる資源があるのに、経営者や社員が気付いていないということも、よくあるものです。

サラスバシーは、「余剰資源(Slack)」に目を向けることの重要性を説いています。
企業の「余剰資源」とは、遊休設備、過剰人員、活用されていない技術、稼働していない時間帯の設備、廃棄されている材料など、多岐にわたります。

本書の第2章ではさまざまな余剰資源活用の事例が紹介されていますので、それを熟読したうえで、自社に余剰資源がないか、もう一度見直してみるとよいでしょう。

余剰資源も含めた手持ちの資源を最大限活用するため、経営者はどんな手順を踏んでいけばよいか? それが詳しく解き明かされた理論が、エフェクチュエーションです。
その優れた入門書である本書は、中小企業経営者にも大きなヒントをもたらすでしょう。

吉田満梨・中村龍太著/ダイヤモンド社/2023年8月刊
文/前原政之

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