『理念と経営』WEB記事
単発企画
2024年 7月号
直木賞作家が書店経営に挑む理由

小説家・書店経営者 今村翔吾 氏
歴史小説・時代小説の人気作家である今村翔吾さんは、書店経営者としての顔も持っている。執筆やメディア出演などで多忙を極める中、あえて経営にも挑むその理由とは……?
片手間ではない、本気の書店経営
今村翔吾さんは当代屈指の人気作家だ。2017(平成29)年の作家デビュー以来、わずか数年間で直木賞など数々の賞を受賞。ベストセラーを連発し、著作の累計発行部数は226万部を突破したという。
そして、今村さんにはもう一つ、書店経営者としての顔もある。21(令和3)年11月に大阪府箕面市の老舗書店「きのしたブックセンター」を事業承継したのを皮切りに、昨年12月には佐賀市のJR佐賀駅構内に「佐賀之書店」を新規開店。さらに今年4月には、書店の街・東京都神田神保町に3店舗目の「ほんまる」を開店させた。
それは、よくある“有名人の片手間仕事”ではない。本気で経営に取り組んでいるのだ。
「思いっきり本気です。財務諸表も自分で見ますし、各店舗の日報や売り上げも毎日チェックしています。3つの店舗のスタッフとの会議はZoomを使って頻繁にやっていますし、政府から出る企業向けの補助金なども、まめにチェックします」
執筆で多忙を極める中、経営との両立はさぞ大変だろう。
「意識の切り替えはわりとうまいほうかもしれません。たとえば、書店スタッフとの会議をするにも、その1分前までPCに向かって原稿を書いていますし……。あとは、経営のことはもっぱらお風呂の中で考えていますね。入浴中だけは経営者側に全振りです(笑)」
“スタッフという家族”の未来を見据えて
書店経営に取り組む理由の1つは、事務所スタッフたちの未来を考えたことにあるという。
「うちの事務所は、作家の事務所としては例外的なくらい人が多いんです。正社員だけで11人いますから。そのうち3人は(作家デビュー前に)ダンスインストラクターをしていた頃の教え子ですし、みんな家族みたいなものです」
「彼らの将来を考えたとき、僕がいなくなったあとも何らかの形で出版業界に関わっていける仕組みを、いまのうちから用意してあげたいと思ったんです。うちの事務所の収益の柱はもちろん作家・今村翔吾の収入なんだけど、その割合を3割以下に抑えるくらい、他の収益源も確保しておきたい。リスクヘッジです。でも、それは何でもいいわけじゃなくて、やっぱり本に関わるものがいい。そのための書店経営なんです」
今村さんは、この6月で40歳になったばかり。歴史作家の中でもいまだ若手であり、「いなくなったあと」を考えるには早い気もするが……。
「でも、歴史を見れば、40歳くらいで急死した武将なんてたくさんいますからね(笑)」
社員を家族のように大切にし、長期的な将来まで見据えて手を打つのは、名経営者に共通する資質だ。それを今村さんも持っている。
書店というビジネスモデルの危機
1軒目の「きのしたブックセンター」を事業承継したのは、半ば偶然であった。M&Aの仕事をしている知人から話を持ちかけられたのがきっかけだった。
「もちろん、それ以前から書店の廃業が増えていることは知っていましたし、作家として書店を応援したいという思いもありました」
全国の書店は、過去30年間でおよそ半減した。それは今村さんにとって、手をこまねいていられない身近な危機であった。
取材・文 本誌編集長 前原政之
写真 富本真之
本記事は、月刊『理念と経営』2024年 7月号「単発企画」から抜粋したものです。
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