『理念と経営』WEB記事

3代目の“覚醒”で乗り越えた危機

アルファ電子株式会社 代表取締役社長 樽川千香子 氏

電子機器製造会社を襲った倒産危機。そのとき会社を救うべく立ち上がったのは、社長の次女だった。社内改革、異業種参入……危機打開までの挑戦の軌跡――。

震災からの母子避難で、経営者として“覚醒”

アルファ電子3代目の樽川千香子さんは、同社初の女性社長だ。父の久夫さん(現会長)には「後継者は男性が望ましい」との思いがあり、3人の娘(樽川さんは次女)に継がせるつもりは元々なかった。「そんな父が50歳になり、私たち姉妹全員が20代になった時です。区切りの思いもあったのでしょうか、それぞれに手紙をくれました。そこには『夫となる人には、できれば後継者候補として会社に入ってほしい』という願いも書かれていました」

たまたま姉より結婚が早かった樽川さん。父の願いを受け、夫は2005(平成17)年に入社する。

夫に後を継いでもらい、陰で支えよう……そう考えていたが、11(同23)年3月11日の東日本大震災が運命を変えた。前年12月に娘が生まれたばかりだったこともあり、原発事故の放射能を巡る不安から、新潟県への母子避難を決めたのだ。

同じころ、会社は危機を迎えていた。原因は、電子機器にまで及んだ風評被害だ。「福島で製造された部品や機器は使えない」と言われ、取引の打ち切りが続出。風評被害を避けるため、栃木県に別の事業所を構えたが、それはコスト面で大きな負担となった。

危機に立ち向かう中、父と夫の間には経営方針を巡る不協和音が拡大。一方、避難生活を続けるうち、樽川さんと夫の間にも精神的距離が開いていった。

当時、樽川さんは生活のためパートで働いていたが、勤め先の社長は偶然にも、父・久夫さんを経営者として尊敬している人だった。不思議な縁を感じたこともあり、その社長には何でも本音で話すことができたという。「夫に後継者として会社を任せていいものかどうか、悩んでいます」と打ち明けると、「それなら、あなたが継いだらいいじゃないか」と言われた。「父は、娘の私が継ぐなんて許してくれない」という思い込みから、それまで考えたこともない選択肢であった。

社長の一言で心に植えられた種が、3年に及んだ避難生活の間に、少しずつ芽吹き、育っていった。やがて、樽川さんは「夫と離婚して私が後継者となり、会社を守ろう」と決意を固めた。守るべきわが子を得たことが、元々持っていた強さを引き出したのだろう。

そして、15(同27)年に樽川さんは福島に戻り、会社を守るための戦いを開始した。

銀行に引導を渡されて、「私が再建してみせます」

「福島に戻った当時、後継者として育てていた私の夫が離婚で会社を去ったことで、父は落胆した様子でした。『私が継ぐから大丈夫よ』と言ったのですが、本気にしてもらえなくて、『気持ちはうれしいよ』と軽く受け流されてしまいました」

あとは、自分の覚悟を形にして見せるしかない――そう思い定めた樽川さんは、そこから入社までの半年間、職業訓練校に通って懸命に努力を重ねた。そしてその間に、会社の仕事に役立つ資格を、じつに9種類も取得したという。

「取ったのは、日商簿記、秘書検定、弥生検定、建設業経理検定、MOSエキスパートなどです。職業訓練校には、朝9時から夕方4時まで毎日通いました。幼い娘を1人で育てながらだったので、大変でしたね」

その必死の姿は、「本気なのだな」と父に感じさせるに十分だったろう。そこから、樽川さんは正式に後継者として遇されるようになった。だが、入社翌年から、立て続けに逆境に見舞われていく。一つは、東京電力から原発事故被災企業に支払われてきた補償金が、16(同28)年に打ち切られたことだ。

「苦しい資金繰りが救われていたので、痛手でした」

さらに、追い打ちをかける出来事が……。当時、大手医療機器メーカーから、ある難病の治療機器を作る大口仕事を請ける予定があった。そのため、銀行から多額の融資を受け、新工場を建設してまで準備を進めていたのだ。ところが、土壇場でその医療機器は効能・効果試験で不合格となり、すべては水泡に帰してしまった。大口の仕事が消え、無用の長物と化した新工場と負債だけが残った。

「必死に営業して、その新工場を稼働させるために別の仕事も取ってきたのですが、元の医療機器で想定していたほどの売り上げが上げられるはずもなく……」

そして、18(同30)年に決定的局面が訪れた。メインバンクから、「いまの経営状況では、もう融資はできない」と通告されたのだ。厳しい状況のなかで融資が受けられなくなれば、資金ショートによる倒産の危機だ。

取材・文・撮影 編集部


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本記事は、月刊『理念と経営』2024年 6月号「逆境!その時、経営者は…」から抜粋したものです。

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