『理念と経営』WEB記事

第101回/『経営学者×YouTuber×起業家の著者が教える 一生使えるプレゼンの教科書』

「机上の空論」ゼロの実践的プレゼン入門

顧客や関係者たちを前にして行うプレゼン(プレゼンテーション)の機会は、中小企業経営者にも多いでしょう。

そして、プレゼンの巧拙は、時に企業の命運すら分けます。たとえば、技術力その他は同等の2つの企業が大口仕事の採否をプレゼンで争ったなら、プレゼンがうまい企業の方が採用されることは、しばしば起こり得るのです。

そう考えれば、中小企業経営者にとって、プレゼンがうまくなることは死活的に重要な課題と言えます。

世にプレゼン入門のたぐいは山ほどありますが、私が現時点で1冊だけオススメを挙げるとすれば、今回取り上げる『経営学者×YouTuber×起業家の著者が教える 一生使えるプレゼンの教科書』(以下、『一生使えるプレゼンの教科書』と略)になります。懇切丁寧でわかりやすい、良質なプレゼン入門であるからです。

著者の中川功一氏は、本書のタイトルの通り、「経営学者×YouTuber×起業家」という3つの顔を持った方です。

経済学博士(東京大学)にして経営学者であり、専門分野は経営戦略、イノベーション・マネジメント。大阪大学大学院経済学研究科准教授などを経て独立し、起業。現在は「株式会社やさしいビジネスラボ」の代表取締役を務めています。
YouTuberでもあり、YouTubeチャンネル「中川先生のやさしいビジネス研究」では、経営学の基本講義とともに、最新の時事解説のコンテンツを配信し、高い人気を博しています。

著書も多く、その中には本格的な学術書もありますが、大半は『ザックリ経営学』(クロスメディア・パブリッシング)のような、やさしくわかりやすい経営学入門です。つまり、アカデミアと一般人を結ぶ「インタープリター(通訳者・仲介者)」としての役割を、意識的に担っている経営学者なのです。

本書も、経営学や心理学、教育学、脳科学などの幅広い学術的知見を、プレゼン技術の中に落とし込んだ入門書と言えます。

本書は、プレゼンの基本的心構えから、話の構成を考える際の注意点、スライドを作るときのポイントなど、“プレゼンのAtoZ”が一通り網羅された内容です。

計64項目のアドバイスから構成されていますが、その大半には学術的エビデンスがあり、また著者自身の豊富なプレゼン経験に基づいています。
つまり、本書のアドバイスは、どれをとっても単なる思いつきではなく、きちんとした根拠があるのです。「机上の空論」ゼロの実践的プレゼン入門といえます。

プレゼンを改善させる即効性がある

著者はプレゼンの基本的な心構えとして、次のように述べます。

《何より大切なことは、プレゼンは必ず「聞き手目線」でつくられなければならない、ということです。
 プレゼンは、聞き手目線でつくられるべき。当たり前のことなのですが、世の中の大半のプレゼンは、恐ろしいほどこの基本ができていません》

《「大工と話すときは大工の言葉を使え」。プラトンに、そしてドラッカーに引用されたこのソクラテスの教えは、プレゼン(コミュニケーション)の本質を突いた言葉として、ここでも皆さんに共有します。あなたがご満悦に話すことがプレゼンではない。聞き手がわかる言葉、わかる構成、わかる内容で話すことがプレゼンのあるべき姿なのです》

相手の心に言葉が届いてこそ、よいプレゼンである――まったくそのとおりです。
このような心構えを基本に据えて、著者は聞き手にとってわかりやすいプレゼンのポイントを、さまざまな角度から解説していきます。

それらのアドバイスの大半には学術的、経験的なエビデンスが示されるため、「なるほど!」と膝を打って納得できます。

一例を挙げましょう。《プレゼンを「対話」にする》という項目で、著者は次のように言います。

《聞き手にとって軽快なプレゼンとするためには、プレゼンをあなたが一方的にしゃべるものから、なんとか工夫して、「対話」のあるものにすべきです。(中略)
 実は、まったく難しいことはありません。あっという間に直せます。しゃべりの中で、相手に問いかければよいだけのことです。「これ、どう思います?」「なぜだと思いますか?」「これは何でしょうか?」。(中略)
 これは、さり気なく明日からできてしまう、劇的にしゃべりが上手くなる工夫です。本論に関係ないところでも、まったく問題ありません。相手が退屈さやストレスを感じ始める前に、問いかけを発し、相手に答えてもらう。「人は聞かされているだけは苦痛で、自分もアウトプットすることで、聞いていることで溜まった負荷(ストレス)を発散している」という、シンプルな人間の脳の構造を踏まえれば、本当にただ相手に問いかけることを心がけていくだけで、相手はあなたのしゃべりがとても聞きやすくなるのです》

この例のように、読者が著者のアドバイスを取り入れれば、明日からプレゼンが改善されるような即効性が、本書にはあるのです。

「基本のき」から高等テクニックまで

本書で紹介されている即効性のあるアドバイスを、あと5つほど、内容を要約する形で挙げてみましょう。

1.プレゼンの冒頭30~60秒の自己紹介こそ、最も重要だ。「初頭効果」(primacy effect)という心理学用語が示すように、人の記憶に最も強い印象が残るのは、話の中の最初の部分であるから

2.プレゼンで聴衆に伝えるメインメッセージは1つに絞り、それを3つ程度のサブメッセージで補強していく構成が、最も無難でわかりやすい。サブメッセージは3つまでとし、それ以上増やさないほうがよい。《人が瞬間的に記憶できる事項の数、すなわち「短期記憶の限界数」が、4±1だから》 である

3.事例を挙げてから最後に結論を述べる「So What型」よりも、最初に結論を述べてからその根拠を述べる「Why So型」の構成で話したほうが、聴衆にとって理解しやすい。《結論が見えているほうが、人はその後の話が聞きやすい》からだ

4.「え~」とか「あ~」などの「フィラー(filler)」を話から取り除くことは、意識して訓練すれば、誰にでもわりと簡単にできる。そして、フィラーがないほうが聴衆にとって聞きやすい

5.話が一本調子になって聴衆が退屈しないように、プレゼンの途中で変化をつける工夫を、あらかじめ施しておくとよい(例:話すスピードを変えるトリガーを決めておくなど)

……このように具体的で明快なアドバイスが、64項目にわたってくり広げられていくのです。
その中には、微に入り細を穿ったアドバイスもあります。たとえば、“プレゼン後の質疑応答で聴衆から意味不明な質問を受けたとき、どう対応すればよいか?”などということまで書いてあるのです。

プレゼンの「基本のき」から始まり、高等テクニックまでが紹介されている――そうした網羅性が本書の大きな魅力と言えます。
『一生使えるプレゼンの教科書』というタイトルはけっして大げさではなく、プレゼンをする機会の多い人なら、くり返し読むに値する本でしょう。

当連載が「経営に役立つ一冊」であるため、経営者に話を絞っていますが、本書はべつに経営者向けに特化した内容ではありません。
プレゼンをする機会は一般社員にも多いでしょうし、社員のプレゼンにも本書は大いに役立つはずです。
本書を社員に読ませてもよいし、本書の内容を活かす形で、経営者が社員のプレゼン改善のための教育に用いてもよいでしょう。

そして、プレゼン技術を広義の「説得の技術・伝える技術」として捉えるなら、本書の内容は商談に限らず、あらゆる場面で、コミュニケーション能力の向上に役立つに違いありません。

中川功一著/東洋経済新報社/2024年1月刊
文/前原政之

理念と経営にご興味がある方へ

SNSでシェアする

無料メールマガジン

メールアドレスを登録していただくと、
定期的にメルマガ『理念と経営News』を配信いたします。

お問い合わせ

購読に関するお問い合わせなど、
お気軽にご連絡ください。