『理念と経営』WEB記事

第96回/『小さな会社の「仕組み化」はなぜやりきれないのか』

「任せる」ための「仕組み化」の解説書

発売されたばかりの『理念と経営』2024年5月号では、「任せることでうまくいく」を特集しています。

その中に識者インタビューでご登場いただいたのが、「一般社団法人成長企業研究会」代表理事の小川実氏――。今回取り上げる小川氏の近著『小さな会社の「仕組み化」はなぜやりきれないのか』(アスコム)を読んで、「この特集でお話を伺う識者にふさわしい!」と思い、私が企画した記事なのです。

この本も素晴らしい内容なので、ぜひ特集のインタビューと併せてご一読いただきたいと思い、記事が出たタイミングで取り上げます。

書名だけを見ると、なぜ小川氏を「任せることでうまくいく」の識者に選んだのか、わかりにくいでしょう。というのも、「仕組み化」というと、仕事の属人化を防ぐ管理の仕組みの合理化や、作業効率化などがまず思い浮かぶからです。

しかし、本書は「仕組み化」といっても、高額な専用ソフトを導入したり、専門のコンサルタントに依頼したりする合理化・効率化ではなく、それ以前の初歩的な「仕組み化」を主に扱っているのです(著者はそれを仕組み化の「ステップゼロ」と呼んでいます)。

中小企業経営者が《人を育てるための制度構築》や、社員に仕事を任せるための仕組み化が、本書では解説されています。また、企業のビジョン作りや経営計画作りも、仕組み化に含めています。
つまり、本書が扱うのは会社の土台部分の「仕組み化」なのです。

これは中小企業経営者が「任せる経営」に歩を踏み出すための解説書であり、その点で「任せることでうまくいく」の特集と響き合う内容といえます。

「任せられない」のは中小企業経営者の悪癖

中小企業経営者が経営書を読むと、「内容はごもっともだが、大企業の事例ばかりで、うちのような小さな会社にはあてはまらない」と感じることが多いでしょう。
その点、本書はタイトルが示すとおり、従業員10人以上にようやく達したような中小零細企業を主な対象にしているので、その点でも中小企業経営者にオススメです。

著者の小川氏が成長企業研究会を立ち上げたのは2020年で、比較的最近のことです。ただし、氏は2002年に独立・開業したベテラン税理士でもあり、20年以上の税理士キャリアを通じて、たくさんの中小企業経営者と向き合ってきました。

その豊富な経験を踏まえ、小川氏は小さな会社の経営者にありがちな悪癖として、社員に任せられない傾向を指摘しています。

《営業から経理から社員教育、人事まですべて見なくてはならない小さな会社の社長は、日々現場の仕事に忙殺されています。だからこそ仕組みが必要なのですが、目の前の仕事が多すぎて、何からどう手をつけていいかわからないのです》

そのように、何でも自分でやってしまい、社員に任せられない社長を、小川氏は「プレイング社長」と呼びます。もちろん、スポーツの世界でいう「プレイング・マネージャー」(=野球の監督が選手を兼ねるなど)になぞらえたネーミングです。

そうした「プレイング社長」について、氏は次のように指摘します。

《一見すると、現場任せにしない責任感のあるがんばり屋の社長です。しかし裏を返せば社員を信じていないともいえます。「誰かに代わってほしいよ」と口では言いながらも、いざとなると「自分がやったほうが早い」「自分がやったほうがお客様のためになる」などと思ってしまうのです》

この指摘に、耳の痛い経営者も多いことでしょう。
「プレイング社長」から脱却し、任せるべき仕事は的確に社員に任せないと、社員の育成に支障をきたしますし、忙しすぎて本来の仕事(じっくり経営戦略を練るなど)をする時間がなくなってしまいます。

だからこそ、本書は社員に任せるための仕組み作りを、「基本のき」から丹念に解説しているのです。

小さな会社にふさわしい「仕組み化」ノウハウ

大企業や中堅企業であれば、会社を動かし、人に任せるための仕組みはすでに出来上がっているでしょう。しかし、本書が主な対象とする中小零細企業の場合、仕組み自体がまだないケースも多いはずです。

《小さな会社では、賃金や昇格の制度などないのが普通です。驚くことに、就業規則を誰も見たことがないという会社さえあります》

そのような会社でも、本書を読めばゼロから仕組み作りを進めることができます。

また、そもそも仕組みがいらないケースもあると、著者は指摘します。中小零細企業の経営には「エキスパート経営」と「レバレッジ経営」の二類型があり、前者なら仕組みは不要だというのです。

「エキスパート経営」「レバレッジ経営」は著者の造語で、次のようなニュアンスです。

《職人的な社長のもとで、個人の能力の範囲で事業を維持していく経営を私は「エキスパート経営」と呼んでいます。
 一方で「レバレッジ経営」とは、多様な人材の能力を掛け合わせて、事業規模の拡大をめざす経営です。
 どちらが正解ということはなく、社長がめざす会社の姿によって、選ぶ道が変わります》

前者は「プレイング社長」のままでよいと割り切った経営であり、そうであれば仕組み化自体が不要です。
逆に、組織力で事業規模を拡大していく「レバレッジ経営」を選ぶなら、いまは社員数が少なくても仕組み化は不可欠なのです。

そして、レバレッジ経営のための仕組み化をするとしても、社員10~30人程度の小さな会社の場合、大きな会社とはおのずとやり方が違ってきます。

たとえば、外部のコンサルタントを招いて仕組み化を徹底していくと、改革についていけない社員が少なからず脱落し、社員の入れ替えが起きがちです。
しかし、10~30人規模の小さな会社では、一人ひとりの社員の存在の重みが違い、そもそも入れ替えなどできない(=大幅な入れ替えをしたら会社の存続が危うい)ケースが多いでしょう。

だからこそ、小さな会社にはそれにふさわしい仕組み化があると、著者は言うのです。

《ひとくちに仕組み化といっても、大きな会社と小さな会社では、まったく事情が違うはずです。それなのに、これから「10人の壁を越えよう」「30人に増やしていこう」という小さな会社向けの仕組み化ノウハウは、非常に少ない。私がこの本を書いた理由もそこにあります》

これまで仕組み自体がなかった小さな会社に向けて、《ビジョン・経営計画・人事評価という一気通貫した仕組み》の作り方を基本からレクチャーしていく……本書はそのような、ハードルの低い入門書なのです。ありそうでなかった本だと言えるでしょう。

また、初歩的な仕組みはすでに持っている中小企業の経営者が読んでも、その仕組みを改めて見直すために役立つでしょう。

小川実著/アスコム/2023年11月刊
文/前原政之

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