『理念と経営』WEB記事

「共存共栄」の知恵から 革新は生まれる

和敬塾塾長/株式会社前川製作所顧問 前川正雄 氏 ✕  京都大学前総長/総合地球環境学研究所所長 山極壽一 氏

産業用冷凍機の世界的メーカーとして知られる前川製作所だが、その地位は、他社が真似できない製品開発へのこだわりを貫く「無競争の棲み分け」によって獲得してきたものである。そうした経営姿勢を高く評価する山極壽一氏と、同社を世界的企業へとけん引してきた前川正雄顧問との対談を通じて、今求められる企業経営の在り方を考える。

効率一辺倒の時代は終わり、「共感」重視の時代へ――

―お二方のご近著、『ホモ・サピエンスは生き残れるか』(ダイヤモンド社)と『共感革命』(河出新書)を拝読して、深い次元の共通項をいくつも感じました。とくに、これからの時代には共感こそ大切だという視点です。

山極 そうですね。ユヴァル・ノア・ハラリ(イスラエルの歴史学者)は『サピエンス全史』(河出書房新社)の中で、人類が言語を獲得したことを「認知革命」と呼んで重視しています。言語を持ったことで伝達能力が飛躍的に向上し、協力し合えるようになったから人類は「地球の覇者」になったのだと……。

しかし、僕は異論があります。言語の使用が始まったのは人類進化史の1%に満たない期間で、残り99%は言語のなかった時代です。その時代に認知革命に先立つ「共感革命」が起きて、それこそが人間らしさの本質を築き上げた最大の革命だったと、僕は考えています。それは、言葉によらない音楽的コミュニケーションを通じた共感です。その共感革命によって、言葉を持つ前からすでに人類は協力し合えるようになっていたのです。

前川 山極先生の本を読んで、なるほどと思ったことがありました。
類人猿がグループをつくって生きるようになったことが、共感のベースになっているという話です。猿は自分のものを他の猿に分け与えないが、類人猿は分け与える。そして、人間は自分の子でなくても共同で子育てをする……進化に応じて共感のレベルが上がってきたんですね。

山極 僕は人類が言語を獲得してから、共感のレベルはむしろ下がってしまったと考えています。言葉の意味のほうに意識がシフトして、共感がうまく使われなくなってしまったからです。

とりわけ、企業経営に関して言えば、「テイラー主義」の台頭が大きな分岐点になりました。これは、20世紀初頭にアメリカのフレデリック・テイラーが考案した、労働者を科学的に管理して労働効率や生産性を上げる方法です。そこから、大部分の企業は近年までずっと効率一辺倒でやってきました。それゆえに20世紀は「工業の世紀」として成功したわけですが、一方で、共感がないがしろにされてしまった。「共感なんかなくても、効率と生産性が上がればいい」という発想で進んできたからです。そのため、「人々が協力し合って、互いの幸福を追求していこう」という考え方は、脇に追いやられてしまった。それが地球環境の破壊に結びつき、いま人類に気候変動などの災禍をもたらしています。

だからこそ、これまでの効率中心主義的な世界観や人間観・社会観を、共感をベースにしたものに変えていかなければならない……そういう時代に差し掛かっていると思います。

前川 まったく同感です。そして、効率一辺倒の時代が終わりだというのは、「大量生産社会の終わり」だからとも言えます。20世紀は、先生が挙げられたテイラー主義が世を席巻した「大量生産の世紀」でもありました。ところが、大量生産ばかりやっているうちに、市場が満杯になってしまった。自動車から家電まで、あらゆるモノがオーバーフロー(許容範囲超え)になって、あまり売れなくなってきた。私はモノづくりをずっとやってきた人間ですから、そういう「時代の潮目」がはっきり見えます。

―前川製作所の事業を通じて、それを感じられたのですね。

前川 そうです。私どもは産業用冷凍機をつくって世界中で売っていますが、ある時期から、同じ冷凍機でも国や地域によって求められるものが変わってきました。昔は「冷えれば何でもいい」という感じだったのに、いまはインドネシアで求められるものとブラジルで求められるものは、ちょっと違います。そのちょっとの差がない一律の製品だったら「もういらない」と言われるのです。この恐ろしさは、世界を舞台にモノづくりをしている人たちが、いま身に染みて感じているはずです。

一律の同じモノを、いかに効率よく大量生産するかを追求する時代は、もう終わりました。いまは、「モノ消費からコト消費へのシフト」とよく言われるように、どういう「コト」を実現したいのかが企業に問われる時代です。そのコトを実現するために必要なモノだけが、消費者に求められます。そして、コト消費のベースにあるのは共感です。たとえば「この会社の姿勢や価値観に共感できるから商品を買う」とか。その意味でも、これからの企業経営は共感を大切にしないといけないのだと思います。

山極 そうですね。そこにはもう一つ理由があります。いまは20世紀と違って、環境が目まぐるしく変わる先の見えない時代です。だからこそ、変化に臨機応変に対応していくためには、多様な人たちが協力しなくてはならない。その原資になるのも、やはり共感力なのです。

「無競争の棲み分け」を、これからの企業は目指すべき

―大量生産時代には、同業他社と競い合って蹴落とすことが一つの経営目的になっていたと思います。しかし、前川製作所はその時代からすでに「棲み分け」を志向してこられましたね。

前川 そうですね。産業用冷凍機のメーカーも、戦後すぐの時代には日本に20社くらいありました。他は大部分が廃業しましたが、それは競争して蹴落としたわけではありません。いつの間にかそうなったのです。他社が真似できない製品を開発して頑張っていけば、そもそも戦う必要はありません。「無競争による『棲み分け』」が、わが社がずっと標榜してきたコンセプトです。

産業用機械は何万台も売れるものではなく、1000台くらいの売上規模ですから、そもそもうちの会社は「大量生産時代を知らない」のかもしれません。

山極 「棲み分け」は、僕の師匠(伊谷純一郎)のまた師匠である今西錦司先生(生態学者・文化人類学者。日本の霊長類研究の創始者)が提唱された概念です。鴨川の流れの中に4種類のヒラタカゲロウの幼虫が棲み分けているという観察結果から発想されたもので、元は生態学の用語です。それが産業界に適用されて、企業間の棲み分けという話になったのですが、本来の意味が誤解されている傾向があります。というのも、棲み分けを競争原理から解釈する人が多いからです。でも、棲み分けは本来、競争原理ではなく平和原理であって、競争から逃れるための知恵ではなく、共存のための知恵なんです。

そもそも、競争社会の大本みたいに思われているダーウィンの「進化論」にも、誤解されている面があります。弱肉強食の論理のように思われがちですが、本当に強い者だけが生き残るとしたら、世界にこれほどの生物多様性があるはずがないんです。「なぜ生物はこれほど多様なのか?」という疑問が、ダーウィンの出発点であり、今西錦司先生の出発点でもありました。

―つまり、生物の世界は弱肉強食というより、棲み分けの平和共存が基本になっている、と……?

山極 そうですね。進化論を弱肉強食の論理であるかのような間違った方向に適用したことも、20世紀が大量生産・大量消費・大量廃棄の時代になってしまった一因だと思います。
その点、前川さんはさすがに棲み分けの本来の意味をよく理解しておられます。そして、これからの企業経営も、前川製作所のような「無競争による『棲み分け』」を標榜すべきだと思います。それがむしろ自然な姿なのです。

前川 私は、日本人には本来、棲み分けのほうが合っていると考えています。そのことを示す例は、日本の中にたくさんあります。

たとえば、神田神保町の古書店街です。古本屋がズラーッと並んでいますが、店ごとに本の品揃えが異なっているため、競争にならずに共存できています。あのような古書店街は、おそらく世界的にも日本にしかないと思います。昔ながらの飲み屋街もそうですね。小さな飲み屋が並んでいても、店の個性が少しずつ違っているから共存できている。まさに棲み分けです。

山極 日本というのは、地形的にも気候的にも、一律的な大規模な取り組みがしにくい国だと思います。日本列島は北から南まで長くて、しかも真ん中に脊梁山脈が走っていますから、日本海側と太平洋側では気候も違うし、北と南も随分気候が違いますね。
そもそも狩猟採集にしても農耕にしても、つくるもの、得られるものが地域によって違っていたわけです。だから、一律の同じものをつくろうというモチベーションが、そもそも日本にはあまりなかった。

江戸時代にも二百数十の藩に分かれて、それぞれが違う産業をつくりながら、教育もしていたわけでしょう。江戸幕府はそれを、政治的には統一したけれど、経済的・産業的に統一しようということは、あまり考えていなかった。だから、非常に個性のある文化が各地域に育ったわけです。そういう歴史的背景が日本人のアイデンティティーになっているから、アメリカのように、全米どこでもトウモロコシをつくって巨大産業をつくろう、というような発想にはならなかったのでしょう。

前川 日本は創業 100年を超える長寿企業が世界でいちばん多い国ですね。それも、日本の商売は昔から棲み分けが基本になっていたからだと思います。同業者と競争して蹴落とすのではなく、共存共栄を志向していた。だからこそ、おのずと長寿企業が増えたのでしょう。

近江商人の商哲学に端を発して、江戸時代の経営の基本原則になった「三方よし」という概念がありますね。あれはまさしく共存共栄の経営哲学と言えます。

構成 本誌編集長 前原政之
撮影 中村ノブオ


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本記事は、月刊『理念と経営』2024年 5月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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