『理念と経営』WEB記事
特集1
2024年 4月号
経営理念は迷ったときの判断基準であり羅針盤である
株式会社吉村 代表取締役社長 橋本久美子 氏
良かれと思って打ち立てた経営理念が、社内から思わぬ反感を買うことに――。
四面楚歌の状態から、橋本社長はいかにして道を切り開いたのか。
「独りよがり」の理念
食品パッケージの企画・製造・販売を手がけ、日本茶のパッケージではトップメーカーの株式会社吉村。創業92年の老舗企業の3代目社長が橋本久美子社長だ。
先代からバトンを受け継いだ2005(平成17)年当時にはすでに、お茶はペットボトルが主流となり、家庭でお茶を淹れて飲む習慣が薄らいでいた。必然的に業績は下降の一途をたどっていて、茶業界から撤退するライバル同業者も多かった。その苦境の中で橋本社長はあえて茶袋を軸とした経営理念を掲げた。それが「茶業界のビジネスパートナー」だった。
「多くの食品パッケージは大規模ロットでないと手の込んだものは作れませんが、私たちはあえてフルオリジナルの茶袋を小ロットで作ろうと考えたのです。下り坂の業界だからこそ価格競争にならないことをやりたかった」
新しく誕生したデジタル印刷技術を導入し、18億円の投資をして工場を建設。売り上げは伸びるが、歩留まりが悪くて利益が出なかった。追い打ちをかけたのが東日本大震災だった。原発事故によってお茶からセシウムが検出され、お茶そのものがピタリと売れなくなった。苦しい経営の中で、工場の深夜勤務の廃止を決断。深夜勤務手当が出せなくなることを、工場の従業員に伝えたところ思いもよらぬ声が上がった。
「あんたが『茶業界のビジネスパートナー』なんて言って浮かれているから、日本茶がつまずくと仕事がなくなってしまったんじゃないのか。俺らは、ポテチだって飴ちゃんだってどんな袋だって作れるんだ」
一人の従業員が口火を切ると火がついたように他の従業員も胸の中にしまっていた不満や文句を橋本社長にぶつけた。古参の従業員が「もうそこらにしとけ」というまで続いた。
「私は何も言い返せませんでした。理解してもらえていると思っていたのでショックでした。その日の朝も経営理念をみんなで唱和していたのに、いったい経営理念って何なのだろうと思いました。自分よがりの理念ではなく、困難な時にこそ一緒に進んでいける理念を作らなければとその時に思ったのです」
新しい経営理念で生まれ変わる経営理念作成のために参加した経営指針成文化セミナーで学んだ重要なポイントは3つ。社会にとって存在意義がある「社会性」、持続的に利益を上げられる儲かる仕組みとしての「科学性」、社員の働きがいを高める「人間性」だ。
こうして14(同26)年に作り上げた新しい経営理念が「想いを包み、未来を創造するパートナーを目指します」である。「茶業界」という言葉はあえて外した。
「当時、量販店ではプライベートブランド戦略が進み、パッケージは誰でも作れる簡単なものになり、しかも相見積もりで激しい価格競争にあっていました。もし、『茶業界の……』と謳っていたら、リーディングカンパニーとして低価格でもその案件を取らなければなりませんが、価格競争だけで勝負するのは止めようと思い『茶業界』という言葉を外したのです」
取材・文 長野 修
写真提供 株式会社吉村
本記事は、月刊『理念と経営』2024年 4月号「特集1」から抜粋したものです。
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