『理念と経営』WEB記事

「デザインは公共のためにある」という志を胸に

デザイナー 水戸岡鋭治 氏

美しいクルーズトレイン「ななつ星in九州」の成功は、日本国内の旅の仕方に、新たな豊かさを提示した。この豪華列車のトータルデザインを手がけた水戸岡鋭治さんは、その後、各方面でひっぱりだことなり、各地の路面電車や観光船、駅舎などを手がけている。一見、とてもアーティスティックな仕事ぶりだが、本人はあくまでも「僕はアーティストではなく、デザイナーです」と自称する。そんな水戸岡さんにとって「デザイン」とは?

エネルギーの交換が、次の仕事につながる出会いを生む

また、外れた。「三度目の正直」と思ったのにダメだった……。そんな声をよく聞く。JR九州のクルーズトレイン「ななつ星」の抽選だ。

3泊4日で九州をめぐる、この豪華寝台列車は開業から10年経ったいまも、なかなか乗れない人気列車なのである。

「嬉しいですね。お客様が『ななつ星』を愛でてくれていることを実感します。私たちが提供した列車のエネルギーを、お客様が十分に受け取って自分のエネルギーにしている。そういう、お客様とのいいコミュニケーションができているのだと思っています」

水戸岡鋭治さんは、そう話す。車両をはじめ調度品や乗務員の制服まで、「ななつ星」をトータルでデザインしたご本人である。

この“エネルギーの交換”は仕事の上でも起こる、と言う。

40年ほど前のこと。福岡のディベロッパー、藤賢一さんから電話があった。博多の「海の中道」に建設するリゾートホテルのポスターを頼みたいという相談だった。水戸岡さんが描いた北海道のリゾート施設トマムのパース画(完成予想図)を見て、ぜひに、と電話したという。

「まだイラストレーターで、デザイナーではなかった頃です。一生懸命仕事をしていれば、出会いの瞬間にエネルギーの交換ができて新しい仕事につながっていくことがあるんです。一生懸命に生きていると、いいタイミングで人と出会えるというか……ね」

水戸岡さんは現地を訪ねたとき、日頃から感じている日本人の余暇の使い方の未熟さについて語った。その話を聞き、藤さんは、即座にポスターだけではなくホテル全体のさまざまなデザインを任せようと決めたという。

ホテルは、1987(昭和62)年に開業した。そのオープニングパーティーで隣に座ったJR九州初代社長の石井幸孝さんに、「日本の鉄道をどう思いますか」と聞かれた。

「僕は、速いだけで最低ですね、センスがないし、乗っていて楽しくないという話をしたんです」

これをきっかけにJR九州の車両のデザインを手がけるようになった。「ななつ星」はその集大成だといえる。アメリカの旅行雑誌が毎年開催するコンテストで、「ななつ星」は2021(令和3)年から3年連続でトレイン部門の1位を獲得した。

「2年までは『まぐれかな』と思っていたんですが、3年連続で世界一になって少しは認められたんじゃないかという気持ちがしています」

水戸岡さんは、顔をほころばせた。

忘れがたい思い出に寄り添うデザインを

水戸岡さんのデザインのテーマは、「感動」と「楽しさ」を詰め込むことなのだという。

「鉄道の場合、お客様の滞在時間によって車両のクオリティーは決まる。30分、あるいは1時間か、3日か。それによって装置が変わってきます」

30分の短い在来線でも感動と楽しさを用意する。たとえば水戸岡さんがデザインする電車はシートの張り地がぜんぶ違うという。それに気づいた人は、好奇心を湧かせて車内のシートを見てまわったりする。

「それだけでも車内に豊かなコミュニケーションが起きるでしょう? 3泊4日ともなるとそこで生活するわけですから、明らかに自分の家よりもクオリティーが高くなくっちゃいけない」

取材・文 鳥飼新市
撮影 鷹野晃


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本記事は、月刊『理念と経営』2024年 4月号「その道のプロ」から抜粋したものです。

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