『理念と経営』WEB記事

第92回/『AI失業――生成AIは私たちの仕事をどう奪うのか?』

息を吹き返した「AI脅威論」

少し先の話になりますが、『理念と経営』の2024年5月号(4月21日発売)では、「AI(人工知能)に負けない経営」をテーマとした特集を予定しています。
現在、まさにその制作・編集作業が進行中であり、編集長の私も「AIが経営に及ぼす(正負両面の)影響」について考えることが増えました。

今回取り上げる『AI失業――生成AIは私たちの仕事をどう奪うのか?』は、その特集の参考資料として読んだ本の1つです。

「AI脅威論」には、さまざまなものがあります。
そのうち最もポピュラーなのは、「AIが人間の仕事を奪ってしまうことで、社会に失業者があふれ、消えてしまう職業・職種もある」と、雇用破壊を危惧する論調でしょう。

近年、その手の「AI脅威論」が盛り上がったきっかけは、2013年に英オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授(当時)らが、「雇用の未来」という論文で「10~20年以内に労働人口の47%が機械に代替されるリスクがある」と主張したことでした。

しかし、その時点ではまだ、「AI脅威論」を一笑に付す専門家も多かったのです。
いわく、「AIが代替するのは、ある職種の一部のタスクでしかない。AI任せにできるタスクが増えたところで、その職種が丸ごとなくなると考えるのは短絡的だ」――。
あるいは、「AIの進歩で消える仕事もあるだろうが、反面、AIの普及によって新たに生まれる仕事もあるはずだ。プラマイゼロで、人間の仕事がなくなるわけではない」と……。

私自身もどちらかといえば、そのような楽観論に与してきました。

しかし、「オズボーン論文」から10年を経たここ1、2年の間に、いわゆる「生成AI」が恐ろしいほど急速な進化を遂げており、またぞろ「AI脅威論」が息を吹き返してきました。

ChatGPTやClaude3などの文章生成AI、Midjourney(ミッドジャーニー)やStable Diffusion(ステーブル・ディフュージョン)などの画像生成AIが、その代表格です。

生成AIの進化を踏まえて、これまで「AI脅威論」に懐疑的だった論者の中にも、軌道修正をする人が増えています。
本書に紹介された、その象徴的な事例を引いてみましょう。

《AIの第一人者として広く知られている東京大学大学院教授の松尾豊氏も「自分は以前、AIが仕事を奪うことはないと言ってきたけれども、今度は奪いますのでみなさん覚悟してください」というようなことを言っていました》

本書はまさに、生成AIの進化が我々の雇用に及ぼす破壊的影響を概観した内容です。時宜を得た刊行と言えるでしょう。

「AIにも通暁した経済学者」として活躍

著者の井上智洋(ともひろ)氏は、駒澤大学経済学部の准教授。マクロ経済学を専門とする経済学者ですが、大学時代にはコンピュータ・サイエンスを専攻し、AI関連のゼミに入っていた人であり、AIにも通暁した経済学者なのです。

つまり、きちんとした経済学的観点から、最先端のAI動向とその影響を語れる論客であり、本書のような概説書の著者に最適任と言えます。

私は以前、著者の旧著『人工知能と経済の未来』 (文春新書/2016年刊)を興味深く読んだことがあります。
同書は、「2030年雇用大崩壊」という副題のとおり、AIの進化が人間の雇用を奪う未来について警鐘を鳴らした内容でした。

《2030年頃に汎用AIが登場するならば、その後は急速にあらゆる雇用が失われていくことになります》
《2045年くらいには、全人口の1割ほどしか労働していない社会になっているかもしれません》

……などという一節もあり、「AI脅威論」の急先鋒といってもよい1冊でした。
いまから8年前に同書を読んだときには、極端に悲観的な内容に思えたものです。じっさい、刊行当時には《「AIによる失業なんて、ふざけたことを言うな」と、周りからかなり怒られた》と、本書の「はじめに」で明かしています。

しかし、それから8年を経て、生成AIが驚異的な進化を続けるいま、世界は著者の予見した未来に近づきつつあります。かつては極端な悲観論に思えた著者の主張が、にわかに現実味を帯びてきたのです。

「アイディア即プロダクト」の時代に突入

本書は、《生成AIは私たちの仕事をどう奪うのか?》という副題が示すとおり、生成AIの進化が社会――とくに雇用――に及ぼす影響をメインテーマに据えています。

著者の井上氏は現在、大学でAIに関心の強い学生を集めたサブゼミを作り、そこでは生成AIなどについて教えているとか。そのように、生成AIの最先端を肌で知る立場からの報告と分析は、衝撃的です。たとえば――。

《ChatGPTがリリースされたのは、2022年の 11 月ですが、翌年の2023年1月にはすでに、期末レポートでChatGPTを使って最高ランクの成績を取得した学生がいました。その時点で使っていた学生は、やる気のある学生、優秀な学生ばかりでした。
 つまり、今まさにChatGPTをはじめとするAIを使いこなせている人と、使いこなせていない人の差である「AIデバイド」が生じ始め、学生の間では成績の差となって現れているのです》

そうした「AIデバイド」は、中小企業経営の世界にもすでに生じているでしょう。生成AIを仕事の中で使いこなしている経営者と、何をしていいかわからない経営者とでは、今後さまざまな格差が生まれていくはずです。

著者は生成AIがもたらす変化を、次のように表現しています。

《こうした生成AIを使って可能になることとは、一体何でしょうか? 私は「アイディア即プロダクト」だと提唱しています。何らかのアイディアがあれば、それを形にしたコンテンツやサービス、アプリといったものが、たちどころにできてしまう世の中になってきたということです》

そうした変化は、各種クリエイターにとっては失業の危機ですが、中小企業経営者にはプラス面も大きいはずです。だからこそ、もはや「生成AIなんて、うちの仕事には関係ない」と無関心を決め込める段階ではありません。強い関心を持って注視していないと、「AIデバイド」で取り残される側になってしまうのです。

「AI失業」はどのように進行するか?

本書の第2章《人工知能は私たちの仕事を奪うのか?》は、タイトルに言う「AI失業」が今後どのように進行すると考えられるかを概観した内容です。「AI脅威論」の急先鋒と目される著者が、「AIは雇用を奪わない」という楽観論に反論する章とも言えます。

《人は何かとゼロイチ思考で物事を考えがちです。AI失業についても、「職業が消滅するのかどうか」といった問いを立て、消滅しないと結論づけて安心する人がいます。
 そうではなく、「各職業においていくらか雇用が減少する」といった程度問題に重きをおくべきです。特定の職業が消滅することはそれほど多くないにしても、この先数十年でその職業の雇用が何割か減るというのであれば、深刻な技術的失業の問題が発生するからです》

著者はそう指摘した上で、すでに一部で始まっている雇用減少を、データに即して挙げていきます。

《日本の銀行員の数は2018年には約 29・9万人だったのですが、2022年には 26・4万人にまで減っています。ほかの産業に先駆けて、AIによる影響をこうむった銀行業で雇用の減少が起きているのです》

先に失業の危機にさらされるのはホワイトカラーの仕事で、ブルーカラーの仕事については人手不足の状態がまだ当分続く(しかし、将来的には多くの仕事がAIとロボットに代替されていく)というのが、著者の見立てです。

来たるべき「第4次産業革命」を展望

本書は、目先の予測だけに終始する内容ではありません。
第3章《人工知能が引き起こす新たな産業革命》では、AIそのものの歴史、ひいては産業革命の歴史全体まで視野に入れ、人類史的・文明論的スケールで未来が展望されているのです。

《第4次産業革命はもう始まっているという人もいますが、私はまだ機が熟していないと思っています。これだけ世の中でAIが騒がれているにもかかわらず、AIによって一国の生産性が向上した、もしくは経済成長率が上昇した、などという統計データは一切ないからです。
 そのようなデータが出てくるようになるのは、2030年頃になるものと私は予想しています。その頃になれば、ほとんどのホワイトカラーが生成AIを使いこなすようになるとともに、生成AIが汎用AIへと進化を遂げているはずだからです》

「AI失業」は緒についたばかりであり、本格化するのは2030年以降――それが著者の見立てですが、注意すべきは、それが単純な悲観論ではないという点です。
というのも、AIが人間の仕事の多くを代替する未来を、著者はディストピア(暗黒世界)としてではなく、「脱労働社会」という一種のユートピア(理想世界)として捉えているからです。
非人間的でつらいだけの労働はAIとロボットによって代替され、人間はやりたい仕事だけに集中できる――という意味でユートピアなのだ、と……。

もちろん、それがユートピアとなるためには、生きていけるだけの収入が保障されなければなりません。そのために、著者は「第4次産業革命」以後の時代にはベーシックインカム(BI)が導入されると予測します。

《BIは、すべての人々に生活に必要な最低限のお金を給付するという社会保障制度です。1人に月7万円とか 10 万円といった現金給付を行うわけです。
 私は、AI時代にBIが不可欠になるという主張を、2014年くらいから繰り返しています。今では世界的にこうした議論がなされていて、OpenAIのCEOであるサム・アルトマン氏もBIの導入を主張しています。
 私はさらに、AIの高度な発達とBIの導入によって、「脱労働社会」を目指すことを提案しています。脱労働社会というのは、みんなが労働しなくなる社会ではなく、労働が人生の主軸とは限らないような社会です》

ここまでくるとスケールが大きすぎて遠い未来の話に思えてきますが、現代文明が進みゆく方向性としては得心がいきます。

本書は、中小企業経営者が読んですぐに何かの役に立つというものではありません。しかし、AIを巡るメガトレンドをつかむために好適な、わかりやすい概説書になっています。
いまや、中小企業経営者にとっても、AIの基礎知識を持つことは必須教養の1つです。その一助として、本書の一読をおすすめします。

井上智洋著/SB新書(ソフトバンククリエイティブ)/2023年11月刊
文/前原政之

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