『理念と経営』WEB記事

第91回/『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』

あの『ゆるい職場』の続編的な1冊

「ブラック企業」が2010年代に社会問題化したことで、10年代後半に日本の労働法令に大幅な改正が行われ、労働環境は大きく改善されました。

残業時間は減り、パワハラも減り……。労働環境についての情報開示も進んだことから、いわゆる「リアリティショック」(入社前に抱いていた理想と入社後の現実とのギャップに対するショック)も減りました。

それ自体はもちろんよい変化ですが、労働環境が改善されるにつれ、会社を辞める若者が減ったかといえば、逆でした。若者の離職率はむしろ以前より上がってしまったのです。

その謎に迫ったのが、「リクルートワークス研究所」の主任研究員である古屋星斗(ふるや・しょうと)氏の最初の単著『ゆるい職場――若者の不安の知られざる理由』(中公新書ラクレ/2022年)でした。

「職場がキツいから辞める」のではなく、「職場がゆるいことに不安を感じるから辞める」若者も多い、いまという時代――。その不安の背景を、豊富なデータから見事に浮き彫りにして、大きな話題をまきました。

私も、『ゆるい職場』を読んで目からウロコが落ちる思いを味わった1人です。
そこで、古屋氏へのインタビュー記事を企画し、それは『理念と経営』2023年7月号に《なぜ、若者は「ゆるい職場」を去るのか》という単発記事として掲載されました(取材・執筆は稲泉連氏)。
また、当連載の第61回でも、『ゆるい職場』を取り上げています。

その古屋氏の2冊目の単著『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』を、今回は取り上げます。「“ゆるい職場”時代の人材育成の科学」という副題が示すとおり、『ゆるい職場』の続編とも言うべき内容です。

『ゆるい職場』のエッセンスも盛り込まれているので、同書は未読で本書から読んでもまったく問題ありません。

逆に、『ゆるい職場』をすでに読んだ人にとっても、「その先」の話がたくさん出てきますから、本書は読む価値があります。

「Z世代」を一括りにはできない

《きつくても、ゆるくても辞める。褒めても不十分。…ではどうする?》――本書の帯にはそんな惹句が躍っています。
いわゆる「Z世代」の若手社員は、どのように育成したら会社を辞めずに定着して「人材」になってくれるのか? そのヒントがちりばめられているのが本書なのです。

前著『ゆるい職場』同様、本書の内容も豊富な調査データと著者独自のヒアリングに基づいており、「評論家の個人的意見」のたぐいとは一線を画しています。副題に言うとおり「人材育成の科学」なのです。

第1章のタイトルは《「Z世代」は存在しない》で、ちょっと驚かされます。言わんとすることは、「Z世代」という言葉で若者たちを一括りにして、「Z世代だからこうすべきだ」と一律の対応をすることにはあまり意味がないということです。

著者はデータを踏まえて、次のように言います。

《世代というファクターだけで説明がつく点もあるが、それだけでは説明がつかないことが多すぎるのだ。平均値では全体をほとんど把握できない二極化・多様化という現状も見えてきた。(中略)
 こうした状況をふまえれば「最近の若者は……」式の一本槍なロジックでは、現代の若者の価値観を説明することは難しい。この若者はZ世代だからこうだ、という理解ではなく、その人自体への理解が求められるのだ。
 多様性の重視が叫ばれる時代に、なぜ若者を世代で一括りにしようとするのか》

「キャリア安全性」という観点

そして、Z世代が上の世代とは大きく変わったとすれば、それは価値観やマインドセットが変わったというより、職場環境などが変わったことによって行動・経験が変わったに過ぎないのではないか、と結論づけるのです。

《ここ数年で「若手が変わった」以上に、「職場が変わった」 ということだ》
《この職場の変化は「雰囲気や空気感が変わった」などという曖昧なものではなく、職場運営に係る法律が変わったという極めて社会的・構造的なものである》

社会や法律の要請として「ゆるい職場」化が進み、仕事が人生に占める時間の割合が昔よりも小さくなりました。
一方では、転職を重ねてキャリアアップしていくことが当たり前になり、成長実感が得にくい「ゆるい職場」ではキャリア不安を感じやすい……そのような若者たちの不安を理解できていないと、彼らを適切に育成することもできない、というのです。

《かつてほとんど考えなくてよかった「この仕事をして将来、自分は社会で通用する社会人になれるのか」という根源の問題に、現代の若者はまず取り組まなくてはならないのだ》

その不安に対応するためには、いわゆる「心理的安全性」だけでは不十分で、「キャリア安全性」を確保しないといけないと著者は言います。

この「キャリア安全性」という造語について、著者は「その職場で働き続けた場合に、自分がキャリアの選択権を保持し続けられるという認識」と定義しています。
平たく言えば、「『この会社を辞めて転職しても、自分のキャリアプランに沿ってやっていける』という安心感」でしょうか。そうした安心感を与えない限り、若手の離職リスクが高くなるのですから、なかなか大変です。

これからは「育て方改革」も必要

《ゆるい職場の定義を改めて明確にすれば、「若者の期待や能力に対して、著しく仕事の質的な負荷や成長機会が乏しい職場」である。
 このゆるい職場論については非常に多くの反響をいただいた。その反響を拝見しつつ筆者は、働き方改革だけでは日本の若手を取り巻く職場の改革は未完成だったのだと思い至るようになった。
 働き方改革に加えて、「育て方改革」が必要なのだ》

著者はそう言います。なぜなら、「ゆるい職場」化が進んだいまの労働環境は、育成に当たる管理職や経営者が育ってきたころの環境とはまったく違うからです。

《いま若手育成は構造的に困難な状況にある。それは若者の多様化・多極化と職場環境の激変に端を発して、具体的に言えば育てる側のマネジャーたちが「自分たちが育ったやり方と全く違う方法論で若手を育てなくてはならない」という難しさである》

だからこそ必須となる「育て方改革」――その主なポイントが、本書の後半で詳しく解説されています。

ポイントの1つを例として挙げれば、若手社員に成長実感を与えるために、仕事を《短距離走にする》ことが大切だと、著者は言います。

《仕事がどこが目的地か見えない、ダラダラとしたジョギングであってはならない。
 目に見えるところにゴールテープを張った短距離走でないと、ハイパフォーマーな若手の職業人生プランには組み込まれ難いのだ。(中略)
 短距離走の経験でないと、経験をどんどん積んでいきたい若手にとっては入口から無意味なものに感じられてしまう。繰り返すようだが、それは別に若手のマインドセットの問題ではなく、選択の回数が増えた職業人生という環境変化の問題である》

挙げられているこのような「育て方改革」のポイントは、どれも「なるほど」と得心がいくものばかりです。

本書の読者対象として第一に想定されているのは、直接若手社員の育成に携わる企業の管理職層でしょう。
しかし、中小企業の場合、規模が小さければ小さいほど経営者と若手社員の距離も近いものです。ゆえに、経営者が直接若手の育成に携わる割合も高くなります。

これからの若手社員の育成に役立つヒントがたくさん詰め込まれた本書は、中小企業経営者にとっても必読と言えるでしょう。

古屋星斗著/日本経済新聞出版/2023年11月刊
文/前原政之

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