『理念と経営』WEB記事

第90回/『逆風に向かう社員になれ』

巻頭対談との併読をおすすめしたい1冊

発売中の『理念と経営』2024年3月号の「巻頭対談」は、学研ホールディングスの代表取締役社長である宮原博昭氏をお迎えしました。

宮原氏は、約20年間に及んだ学研の経営低迷期に社長となり、見事にV字回復へと導いた名経営者です。そして、氏の経営力の源は、防衛大学校時代、当時教授を務めていた野中郁次郎先生から学んだことでした。

世界的経営学者である野中先生には、折々に『理念と経営』にご登場いただいてきましたが、今回も対談のホスト役をお願いしました。
つまり、今回の巻頭対談は、宮原社長が「恩師」と仰ぐ野中先生との師弟対談でもあるのです。師弟の出会いの思い出も、印象的に語られています。

また、学研のV字回復の軌跡も振り返られています。長い低迷期の間にすっかり「負け癖」がついてしまった社員たちのマインドセットを変え、「戦う集団」として蘇生させた社内改革の舞台裏は、感動的です。

巻頭対談もぜひお読みいただきたいのですが、それと併読すべき1冊を今回は取り上げます。宮原社長の著書『逆風に向かう社員になれ』です。

巻頭対談では語り尽くせなかった、学研V字回復の熱い軌跡が、この本にはすべて綴られています。本書を読めば、巻頭対談の感動と学びがいっそう深まるでしょう。

読者を熱く鼓舞するメッセージ集

本書は一般向けの経営書ではあるのですが、宮原社長が学研グループの全社員に向けて贈るメッセージ集でもあります。歴史の長い出版社でもある学研の出版部門から本書が刊行されたのも、1つにはそのためでしょう。

「PROLOGUE」には、次のような一節があります。

《いずれ私は学研を去ることになる。
 70年以上続く歴史において、私は創業者から継承されてきた経営のたすきを受け取った6人目のランナーということにすぎない。(中略)
 だから今、学研の未来のために本書を書き残すことにした。学研の輝かしい歴史を皆の記憶に留めるとともに、いずれ訪れるであろう危機を回避するための教訓も盛り込んだつもりだ。そしてさらに、本書は未来を担う学研社員、特に若手社員に読んでほしいという思いも込めている》

では、本書は学研社員だけが読むべき内輪向けの内容なのでしょうか? そんなことはありません。松下幸之助が松下電器(現パナソニック)の歩みを綴った本が誰人にも感動を与えるように、本書も、経営や組織作りに関心がある人なら、誰もが感動できる内容なのです。

本書の帯には、《使命と覚悟の経営者が贈る若きビジネスパーソンへのメッセージ》との惹句があります。巻頭対談の際にお会いした宮原社長から私が受けた印象も、まさに「使命と覚悟の経営者」というものでした。強烈な使命感と熱い覚悟がみなぎる方なのです。
本書にもその「熱さ」が全編に横溢しており、著者のメッセージは読者を強く鼓舞するでしょう。

『逆風に向かう社員になれ』というタイトルからして、熱いメッセージが込められています。宮原社長はかつて、防衛大学校で戦闘機のパイロットを目指していました。それゆえに実感として理解されていることなのでしょうが、飛行機も鳥も《逆風に向かって飛び立つ》ものなのだそうです。

《逆風に向かって飛び立つと上昇して力強く前進するが、追い風の中を飛ぼうとすると失速してしまう――。
 これは企業の経営にも通じる話ではないだろうか》

だからこそ、企業も人も、飛翔のため、あえて逆風に向かうべきだ――それが本書の全編に流れるメインメッセージです。

並外れた努力を続け、他の経営者の10倍戦略を練る

本書には、宮原社長の半生、社長就任に至るまでの奮闘、V字回復の舞台裏、その後のM&Aを中心とした学研グループの躍進が、主に綴られています。それぞれがドラマティックです。

『理念と経営』の巻頭対談でも語られていますが、防衛大学校卒で、営業の現場からの叩き上げである宮原氏の社長就任は、学研の歴史の中では「異例中の異例」であったそうです。

学研の祖業は出版社であり、しかも長年『科学』と『学習』(小学生向け学習雑誌)が稼ぎ頭だったため、編集畑から社長になるコースが一般的でした。その中にあって宮原氏は、編集経験がないばかりか、本社に移るまでの約25年間は勤務地限定職の嘱託社員であり、正社員ですらなかったのです。

にもかかわらず、本社に移ってからわずか6年で、宮原氏は社長に抜擢されました。その背景には、神戸支社の営業成績を全国トップに伸ばすなどの圧倒的営業力があったのです。その原動力は、氏の並外れた努力にありました。

巻頭対談で、宮原氏は「防大では毎日厳しい訓練があったので、周囲は皆同じくらい努力をしていました。僕は民間に出てからも、防大時代と同じくらい努力を続けていたんです」と述懐しています。

“防大基準の努力”をずっと続けていたため、民間では必然的に抜きん出たのでした。
その努力の一端が、本書でも紹介されています。

たとえば、神戸支社時代、宮原氏は支社が契約している「学研教室」の電話番号をすべて暗記していたそうです。
当時、その数はおよそ300件。ある研修会でそのことを話したところ、「じゃあ、全員の電話番号をこの場で暗唱してください」と、まるで“試す”ように言われ、すべての番号を暗唱してみせたというエピソードが紹介されています。

《あれから30年近く経った今も、当時の電話番号をそらんずることができる。別に記憶力がいいわけではない。それだけ必死に、何度も何度も電話をかけ続けていたのだ》

宮原社長の「熱さ」を如実に物語るエピソードでしょう。

また、巻頭対談で宮原氏は「勝つための戦略を緻密に練ることに関して、僕は専門家ですから、他の上場企業経営者の10倍は戦略を考えているという自負があります」と、こともなげに語っています。その戦略・戦術論についても、本書では詳しく解説されているのです。

《軍隊では1つのミッションに対して5通りの戦術を練る。そして、それがうまくいかなかったときのために、それぞれの戦術に対し、4通り、3通り、2通りと戦術を細分化していき、合わせて120通りの戦い方を想定することになる。(中略)
 これに対して、一般的な民間企業の戦略は、多くても3パターンくらいのことが多い》

こうした背景があるからこそ、「他の上場企業経営者の10倍は戦略を考えている」という強烈な自負が生まれるわけです。防衛大学校仕込みの緻密な戦略・戦術こそ、宮原氏の経営者としての強みであり、それが学研のV字回復にも十全に発揮されたのでした。

卓抜なリーダー論・組織論でもある

本書は、卓抜なリーダー論・組織論として読むこともできます。

防大仕込みの戦略論だけにとどまらず、氏は膨大な読書量による学び(防大時代だけで1500冊の本を読んだとか)と、現場で積み重ねてきた組織作りによって、独自のリーダー論・組織論を構築してきたのです。
そのエッセンスが、本書の随所に披露されています。

1つ例を挙げるなら、宮原氏が高校生時代に恩師から教わったという「カマスの実験」を巡る話に、私は強い印象を受けました。

それは、大きな水槽を透明なガラス板で仕切り、片方にカマス(他の魚を貪欲に捕食する魚食性の魚)を、もう片方に小魚を入れておくという実験です。
カマスは、小魚を食べようとするたびにガラス板にはじき返されると、やがて食べることをあきらめてしまいます。その後にガラス板を外しても、小魚に見向きもしなくなるのだそうです。

心理学的には「学習性無力感(Learned Helplessness)」と呼ばれる状態ですが、これは企業等の組織にも当てはまるでしょう。何度も挑戦しては挫折することをくり返すと、やがて人はあきらめが常態になってしまい、挑戦自体をやめてしまうものなのです。
そして、組織全体が「あきらめが常態」となり、チャレンジスピリットを失ってしまったとき、その先には必然的な衰退が待っています。

では、それを避けるためにはどうすればよいか? カマスの実験の話には続きがあります。

水槽の中に新しいカマスを入れてやると、そのカマスには「小魚はどうせ食べられない」という認識がないため、すぐに小魚を獲りにいきます。すると、その様子を見て、あきらめていたカマスも小魚に向かっていくのだそうです。

組織が陥りやすい落とし穴と、そこから抜け出すための妙手が、二つながら表現された絶妙な話と言えるでしょう。

これはほんの一例で、本書にはリーダーシップを巡る名言や、組織づくりの参考になるようなエピソードがちりばめられています。
中小企業経営者の皆さんにとっても学びとなるリーダー論・組織論としても、おすすめするゆえんです。

宮原博昭著/Gakken/2022年3月刊
文/前原政之

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