『理念と経営』WEB記事

第89回/『組織になじませる力――オンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ』

「オンボーディング」入門の決定版

『理念と経営』の2024年3月号(2月21日発売)では、「進化するオンボーディング――新入社員が定着・活躍する仕組み」を特集しています。

「オンボーディング(on-boarding)」とは「(船や飛行機に)乗っている」という意味ですが、そこから転じて、会社という「乗り物」に新しく加わった個人をなじませる施策を指す言葉になりました。「組織適応」と訳されることもあります。

春は新入社員が入ってくる時期ですので、それに合わせて、オンボーディング施策の要諦を考えてみようということでこの特集を企画したのです。

特集では、オンボーディングに詳しい識者として、甲南大学経営学部の尾形真実哉(おがた・まみや)教授にインタビューを行っています。
尾形氏は組織行動論が専門の経営学者であり、組織で働く個人に焦点を当てて研究活動を進めてきました。日本におけるオンボーディング施策研究の第一人者と言えます。

その尾形氏が研究成果を踏まえて著したオンボーディング入門が、今回取り上げる『組織になじませる力』です。

実は、編集部が「進化するオンボーディング」の特集を企画するに当たっても、この本が大いに参考になりました。いわば「ネタ本」なのです。

3月号の尾形氏のインタビューもぜひお読みいただきたいですが、そのあとに本書も併読すると、オンボーディングについての理解がいっそう深まるでしょう。

なぜオンボーディングが重要になったのか?

そもそも、いまオンボーディングが脚光を浴びているのはなぜでしょう? その背景には、終身雇用制度の崩壊があります。

戦後の長い年月にわたって、日本企業では終身雇用が一般的であり、転職が増えてきたのは近年の傾向と言えます。

昔は、一度就職した企業に定年まで勤め上げる人が多数派だったのです。そのため、企業は採用した社員を組織になじませることに、あまり力を注いできませんでした。力を入れなくても、辞める人はごく少なかったからです。

しかし、終身雇用制が実質的に崩壊したいま、新入社員たち――とくに若い世代――には、「この会社に骨を埋めよう」などという意識はもうほとんどありません。いまや、企業側が組織になじませる努力をしなければ、気軽に離職されてしまう時代なのです。

そうした時代の変化を踏まえ、オンボーディングが経営の重要キーワードになったのでした。『組織になじませる力』が一昨年(2022年)に刊行されたことは、時宜にかなっていたと言えます。

中途採用者への施策にも重点

オンボーディングは、新卒採用者(学生から社会人へ移行)と中途採用者(会社から会社へ移行)の双方に向けての施策です。
しかし、従来はとかく前者が重視され、後者は軽視されがちでした。日本企業は総じて新卒社員教育には熱心ですが、一方で、中途採用者には「即戦力」を求める余り、教育をおろそかにしてきた傾向があるのです。

本書の「はじめに」にも、次のような一節があります。

《終身雇用が一般的だった日本企業で、転職が増えてきたのは最近の話です。それゆえ、中途採用者に対する教育制度やサポート施策が整備されていない日本企業は多いのです》

だからこそでしょうが、本書は中途採用者にも大きくウェートが置かれた構成になっています。全4部のうち、第3部は丸ごと「中途採用者編」になっているのです。

中途採用者への教育・サポートがおろそかになってきた背景には、企業側の次のような思い込みがあるのでしょう。
「新卒はいままで学生だったのだから、一から教育してやらないといけない。しかし、中途採用者は他の会社でちゃんと働いてきたのだから、教育などほとんど必要ないだろう」

しかし実際には、中途採用者にもオンボーディングは不可欠なのです。

むしろ、中途採用者へのオンボーディングのほうが難しい面があります。前職の企業文化に染まってしまっているので、その色を抜いてから自社の企業文化になじませる必要があるからです。

そうした難しさが、本書では次のような言葉で表現されています。

《新卒採用者と中途採用者の組織への(再)適応課題で大きく異なるのが、アンラーニングです。中途採用者は前職での仕事経験から、前職固有の「色」が染みついた状態で入社してきます。そのため、 前職での色を落とす作業が必要です(脱色段階)。一方の新卒採用者は、仕事経験や社会人経験を有していないタブラ・ラサ(真っ白)の状態で入社してくるため、 自社の色に染めていく段階(染色段階)から教育をスタートできます》

「アンラーニング」とともに課題となるのが、「中途意識の排除」だと著者は指摘します。
《「中途採用者なんだから」という中途意識が、仲間意識の構築を阻害する》ことになり、組織になじみにくいという点が1つ。また、中途意識は次のようなマイナスも生むのです。

《「自分は前職での仕事経験があるから、そのときのスキルや知識を活用すれば大丈夫」という意識は、新しいスキルや知識、暗黙のルールの理解を阻害します。また、「自分1人の力で、パフォーマンスは発揮できる」といったプライドや遠慮意識も、広い人的ネットワークの構築にはつながりません》

「中途採用者は即戦力だから、教育やサポートなど必要ない」という考えは大間違いで、中途採用者にこそきめ細やかなオンボーディングが必要なのです。

そして、中途採用者へのオンボーディングが適切になされれば、そのときにこそ、彼らは大きな戦力になります。

中途採用者へのオンボーディングが丁寧に解説されていることが、本書の特色です。
中小企業経営者が読めば、中途採用者を戦力として育てるためのヒントが得られるでしょう。

《少子高齢化により、日本の労働力は今後もどんどん乏しくなってきます。そうなると、新卒採用が難しくなるため、企業の人材確保は中途採用が中心となり、ますます中途採用者へのオンボーディング施策も重要になってくると考えられます》

本書にはそんな指摘もあります。新卒採用による人材確保が大企業に比べて難しい中小企業にとっては、なおさらでしょう。

「リアリティ・ショック」への予防と対処

本書でも、また『理念と経営』のインタビュー記事でもキーワードとなるのが、「リアリティ・ショック」。
平たく言えば、入社前の期待が大きく裏切られる「こんな会社だとは思わなかった」というショックです。

リアリティ・ショックは離職の引き金にもなり、採用者が組織になじむことを阻害します。
当然、中途採用者にも起こりますが、本書ではとくに新卒採用者のリアリティ・ショックについて、会社側がどう「予防策(入社前)」を講じ、「対処法(入社後)」を講じていけばよいかが、詳しく解説されています。

ただし、リアリティ・ショックにも悪い面ばかりがあるわけではなく、ポジティブな効果もさまざまあることが、一項を割いて紹介されています。

中小企業にこそオンボーディングが不可欠

《分析の結果、オンボーディングに力を入れている企業のほうが、力を入れていない企業に比べて、中途採用者の定着率とパフォーマンスの双方においてスコアが高く、有意な差が生じています。つまり、オンボーディング施策の効果がわかります》

本書にはそんな一節もあります。オンボーディングは離職を防ぐのみならず、採用者の力を十分引き出すためにも重要なのです。

読者の中には、「オンボーディングなんて、うちのような小さな会社には必要ない」と感じる中小企業経営者もおられるかもしれません。それは、オンボーディングに対して、「大企業が多額の費用をかけて行う施策」とか、「大規模な企業の人材配置戦略」という先入観があるためでしょう。

しかし、そうではありません。
本書には、企業416社に対して行った、オンボーディングの効果についての調査が紹介されています。その調査結果を分析して、著者は次のように指摘するのです。

《企業規模は関係なく、オンボーディングに力を入れているか力を入れていないかが、中途採用者の定着とパフォーマンスに重要だとわかります。決して、「大企業だからできるんだ」とか「うちのような規模の会社では実施できるはずがない」と思うことはありません。そこには必ずしも多くの人員や資金は必要ないからです》

そもそも、企業規模が小さければ小さいほど、1人の採用とその結果が全体にもたらす影響は大きいと言えます。その意味で、「小さい会社だから必要ない」どころか、中小企業にこそオンボーディングが不可欠なのです。

著者は「はじめに」で、《本書が想定する読者層》として、企業の人事担当者・新卒採用者・中途採用者・学生の4者を挙げています。

確かに、「採用される側」が読んでも有益な内容です。
しかし、私は本書を中小企業経営者にこそオススメします。採用者を「組織になじませる力」について、誰よりも熟知しておくべきなのが中小企業経営者であるからです。

尾形真実哉著/アルク/2022年3月刊
文/前原政之

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