『理念と経営』WEB記事

絶望も希望も自分でつくり出すものなら、私は希望をつくりたい

一般財団法人すこやかさゆたかさの未来研究所 代表理事 畠中一郎 氏

「余命は3、4年」。突然、宣告された限りある時間を輝かせるために、難病「ALS」の実情を広く知ってもらおうと、活動に邁進する畠中一郎さんが今、強く伝えたいこと―。

病をミッションだと信じて、真正面から闘おう

ほんの些細な違和感だった、と言う。2021(令和3)年4月。自宅近くを散歩していたときのことだ。

「左足のふくらはぎに、ピキッという感じがあったんです。痛いわけでもなくて、あれっという感じでした」

畠中一郎さんは、そう話す。気にとめずにいたのだが、医師の義妹夫妻に「念のために」と勧められ、脳神経内科を受診した。

そして、8月4日。結果を聞きにいくと、担当医は暗い顔をして「ALS(筋萎縮性側索硬化症)を疑ったほうがいい」と話し出したそうだ。

ALSの患者は、日本で約1万人、世界では35万人いるといわれている。原因がわからず、治療法もない。全身の筋肉が動かなくなり、やがて呼吸ができなくなる難病だ。

医師から「余命は3、4年と思ってください」と言われた。畠中さんは、まだ63歳だった。

「正直、一瞬、グラッとしかけました。“俺、3、4年たったら死ぬのか”と思った。その瞬間は、やっぱり怖かったですね。だけど、逃げないという気持ちが片方であったんです。これはミッションだと思おう。そう自分に言い聞かせることで、この病気に真っ正面から向かっていこうと」

畠中さんがALS発症を「ミッションだ」と思えたのには、かつて死線を越えた経験があったからである。

小さな頃から外国に憧れ、国際的な仕事をしたいと思っていた畠中さんは、大学を出るとJETRO(日本貿易振興機構)の職員になった。

パリで2年、フランス語に磨きをかけ、フランス語圏のザイール(当時)に赴任した。首都キンシャサのプール付きの家に妻と2人で住んだ。

アメリカの傀儡(かいらい)政権といわれたモブツ大統領の独裁が続いていたザイールは、内戦が起きコンゴ民主共和国になる。畠中さんが赴任したのは、その前夜という時期だった。

赴任から3年。1991(平成3)年になるとますます状況が悪くなってきた。内戦勃発にはまだ数年の猶予があったが、国内にはキナ臭い空気が流れ始めていたそうだ。

当時、キンシャサには50人の日本人がいた。その年の8月には家族を疎開させようと話し合い、畠中さんも妻をパリに行かせたという。自分は残って仕事を続けた。

「忘れもしません。9月23日の朝でした。トコトコトコトコという軽快な音で目覚めたんです」

それは遠くで鳴っているマシンガンの音だった。畠中さんたち、外国人が住む高級住宅地が反政府軍兵士に襲われたのだ。

500人ほどの群衆も一緒になって、1軒、また1軒と屋敷を襲い、略奪していく。1時間もすると、襲われた家には何も残らない。貴金属や電化製品ばかりか、バスタブや窓枠なども外して持ち去る。

「バズーカ砲で門を吹き飛ばし、あたりかまわずマシンガンを浴びせる。集団心理でみんな狂気になっています。何をやってもいいという状態です。奇声をあげて家に入ってくるんです。もう地獄です」

ついに襲撃は右隣のベルギー人の家まできた。畠中さんは覚悟を決めたと話す。静かになった後、様子を見に門まで行った。

略奪した物を運びに行ったのか、反政府軍兵士たちの姿はなかった。しばらくすると何人かが塀をよじ登ってきた。その顔を凝視した。殺されると思った瞬間、「男の顔の前にバラの花が咲いた感じがした」と、畠中さんは言う。

向かいのレバノン人宅の警備兵が撃った弾が頭に当たったのだ。銃声がすると、群衆はサーッといなくなった。だが、いつ兵士たちと一緒に戻ってくるかわからない。そのとき、偶然、通りかかったアメリカ海兵隊のジープに乗せてもらい、畠中さんはかろうじて命拾いをした。

その後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に襲われるようになった。

「あの人も、この人も死んだのに、なぜ自分は助かったのかと、どうしようもない罪悪感にとらわれ、精神がさいなまれていくんです」

くしゃみや母親が子どもに「しっ!」と言う音などを聞くと体が震え出す。銃弾が飛ぶ音を思い出すのだ。散らばっている紙を見てもフラッシュバックが起こる。略奪の後にはなぜか紙が散らばっていたからだ。

「私はその状態から抜け出したくて、自分が生き残ったのは何かのミッションを達成するためだと思うように、自分を仕向けていったんです」

取材・文/鳥飼新市
撮影/鷹野晃


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本記事は、月刊『理念と経営』2024年 2月号「人とこの世界」から抜粋したものです。

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