『理念と経営』WEB記事
企業事例研究2
2024年 2月号
世界一クリエーティブな鉄工所になる!
株式会社乗富鉄工所 代表取締役社長 乘冨賢蔵 氏
技術の進展により、モノの寿命が伸びた分、製造業の仕事量は減少している。乗富鉄工所(福岡県柳川市)が手がける「水門」も例外ではない。3代目がとった対策とは?
水門事業だけでは明るい未来はない
乗富鉄工所は現社長、乘冨賢蔵さんの祖父によって創業された水門メーカーだ。水門製造は公共事業の一環として発注されることが多いうえ、1件で1億円超の受注になることも多い。堅実で安定した事業だったが、時代の変化が経営に変化をもたらした。
昔から鉄でつくられてきた水門が、ステンレス製に替わってきたのだ。ステンレスは耐久性が高いため製品寿命も長い。鉄製だと10~15年ごとに取り替えられていたが、ステンレス製だと40~50年になる。当然、乗富鉄工所の仕事は減る。
水門は田圃に水を入れる前に設置するため春から夏は仕事が減り繁閑の差が激しいという問題もあった。
乘冨さんは大学院で造船について学び卒業後は大手造船会社に勤務していた。家業を継ぐつもりはなかったが、2代目社長の父から「しんどいから戻ってきてくれ」としきりに言われ、2017(平成29)年、乗富鉄工所に入社した。
入社した乘冨さんが直面したのは、職人が集団離職する現場の実態だった。夏は暑く冬は寒いなかでの作業。仕事のイメージは地味。給料は安い。先行きの見通しは暗い。2年間で10人以上の社員が会社を去っていった。
いちばんの退職理由は「給料が安いこと」だった。「一人前になるまでは給料は少なくて当たり前」という旧来の慣行が職場を支配しており、若手の給料は一人暮らしができないほど低かった。若手社員が定着するはずはない。職人の高齢化も進んでいた。
このままでは明るい未来はない。乘冨さんは改革に乗り出した。
職人たちの高い技術に目を見張った
改革に取り組んだのは「賃金」と「環境」、そして「やりがい」だった。
「賃金」は「辞めた職人さんに要していた人件費を残った人に振り分けるようにして」水準を高めた。「環境」については、IT化を進めた。たとえば工程会議で使う工程管理表を作成するのに2時間かかっていた。乘冨さんは「自分がやるから」と引き受け、作成ツールを使って仕上げられるようにした。すると作成時間はわずか1分に短縮された。
「IT化しよう、ソフトを導入しようと言っても、受け入れられそうになかったので、ソフトを無料で使えるお試し期間を利用して作成の仕組みを整え、その成果を見てもらうようにしました」
担当者はいったん自分の仕事を奪われるが、再び任されるようになったときは簡単にできるようになっているから受け入れる。造船会社で生産管理の仕事に従事していた乘冨さんにとって、改善や効率化はお手のものだった。
仕事を引き取り改善して担当者に戻す。それを繰り返すうちにIT化は進んだ。乘冨さんの存在も認められ、味方が増えていった。
「やりがい」は、商品開発に求めた。乘冨さんは、入社後1年間は現場で働いた。そこで目にしたのが職人の技術力の高さだった。造船会社では生産工程がすべて分業化されていて、1人の技術者が手がけるのは製造工程の一部のみ。それに対して乗富鉄工所では1つの注文を職人2、3人で最初から最後まで担当する。
「職人さんたちが、いろんなことができるのが驚きでした」
水門は河川や水路の用途に応じて、オーダーメードで造られる。一つずつ仕様が異なるため、多様な技術が身につく。しかも水門の開閉器は精密だから高度な技術を要求される。造るだけでなく設置や保守点検も行う。こうした環境で培われた技術は「大きな価値になる」と思えた。
取材・文/中山秀樹
写真提供/株式会社乗富鉄工所
本記事は、月刊『理念と経営』2024年 2月号「企業事例研究2」から抜粋したものです。
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