『理念と経営』WEB記事
巻頭対談
2024年 2月号
経験に基づく “第一感〟を研ぎ澄ませ

アンカー・ジャパン株式会社 代表取締役CEO 猿渡歩 氏 ✕ 東京女子大学 特別客員教授 内田和成 氏
〝充電〞のグローバル・リーディングブランド「Anker」を擁し、コモディティ(汎用品)化した激戦市場への後発参入でありながら、「Anker」は「世界No.1モバイル充電ブランド」の地位を獲得。アンカー・ジャパンが創業からわずか10年で、売り上げ350億円超を誇る企業へと急成長できたのはなぜか―。猿渡歩CEOが実践してきた「1位思考」の経営術を、経営学者・内田和成氏が解き明かす。
アンカー・ジャパンの急成長をもたらした戦略
内田 僕はAnkerの大ファンなんですよ。持っているAnker製品がいくつあるか数えてみたら、57個もありました。いろいろあるけれど、ケーブル類やアダプターなどはAnker製品が特に品質がいいので、よく使っています。
猿渡 ご愛用ありがとうございます。うれしいです。
内田 AnkerにはPC関連用品のメーカーというイメージがありましたが、最近はもっと幅広い製品を扱っていますね。
猿渡 そうですね。スマホの充電器からスタートしましたが、いまはハードウエアの総合メーカーになっています。プロジェクター(大画面に動画を投影する機器)や掃除機も作っていますし、オーディオ部門でもヘッドホンのシェアが国内3位になっています。
内田 猿渡さんが入社したころには、まだ小さなスタートアップだったのでしょう?
猿渡 当時はアンカー・ジャパンの社員は数名しかいませんでした。事業部門の1人目として入社して、Ankerグループが上場するタイミングで日本法人の取締役になりました。
内田 日本での認知がほぼない状態から創業10年で売り上げ350億円を超えるまでになった。読者はその秘密を知りたいと思うんです。とくに、充電器など、すでにレッドオーシャンになっていた分野に後発で参入したのに、急成長できたのはなぜか? 戦略とか組織作りとか、いろんな理由があると思います。どこからでもいいので教えてください。
猿渡 戦略面から申し上げますと、私たちは創業当初、販売チャネルとしてAmazon.co.jp(以下アマゾン)を徹底活用しました。多くのD2C(Direct to Consumer)を行う企業は、自社のEC(電子商取引)サイトを作って、広告費をかけて、人手を使って売っていました。それに対してAnkerは、いい製品を作ればアマゾンというプラットフォームで販売しても選ばれるはずだと、そこに的を絞ったのです。そして、アマゾンのレビュー(購入者が書き込む評価)を製品改善のためのソフトウエア的アプローチに用いていきました。
内田 読者のために、「ソフトウエア的アプローチ」の意味を説明しておきます。普通、ハードウエアはテストにテストを重ねて、完成品に仕上げてから市場に出しますね。それに対して、ソフトウエアは未完成のベータ版でも市場に出して、その後バッチを当てたり(プログラムの修正)、バージョンアップしたりして、少しずつ完成度を高めていきます。これはソフトウエアの宿命のようなものです。最初からすべての事態を想定しては作れないので、市場に出してお客さんの反応を見て改善していくわけです。
Ankerグループの製品は、ハードウエアに対してそのようなソフトウエア的アプローチを適用した。その舞台となったのがアマゾンだったということですね?
猿渡 そうです。当初のAnker製品はいまと比べると95%の完成度だったかもしれません。最後の5%の改善を、アマゾンのレビューを参考に改善していった結果、いまのレベルの製品に早く進化できたとも思います。例えば、「『充電中』を示すランプの光が強すぎて、寝室で眩しい」というレビューが多かったら照度を落とすなど。
内田 創業期はそういう戦略が功を奏したとしても、アマゾンで充電器を売るだけで100億円は売れないわけで、次の段階の戦略はどういうものだったのですか?
猿渡 Ankerがブランドとして育っていく過程で大きかったのは、お客様と向き合う姿勢を貫いて、そこに投資したことです。
例えば、Ankerの特徴はCS(カスタマーサポート)をすべて内製化していることです。社内にはアマゾンレビューを分析するチームも、お客様からの電話を受けるチームもあります。普通、ある程度大きな会社はCSをアウトソーシングするものですが、Ankerは社員がやることにこだわってきました。お客様の意見は宝の山で、人任せにできないからです。重要な会議にも、CS部門のメンバーに参加してもらい、彼らの意見も重視します。
また、2018(平成30)年からは、直営の実店舗「アンカー・ストア」を始めて、年々店舗を増やしています。実店舗よりオンライン販売のほうが利益率は良くなりやすい。店舗スタッフも家賃もいらないですからね。それでも、あえて実店舗に注力しています。それもまた、徹してお客様と向き合うためです。
面倒くさいことをやり抜くことで、競合他社に勝つ
内田 クレームを含めたお客さんの声を、製品作りのための貴重なインプットと捉えているわけですね。
猿渡 はい。CSは次の売り上げを作るフロントライン(最前線)だと思います。それと、競合他社に勝つには、他社がやりたがらない面倒くさいことをやり切ることが大切だと私は考えています。CSの内製化や実店舗もそうで、他社が面倒でやりたがらないことだからこそ、頑張ってやり切ればうちの競争優位につながるのです。
内田 「カンバン方式」とか「現地現物」とか、「トヨタ流ものづくり」の特徴となっているやり方がありますね。あれも、頭では仕組みが理解できても、トヨタとは実践力が違う他社が真似して取り入れることは大変難しい。面倒くさいことをやり切ることで他社に勝つ御社のやり方は、それに近い気がします。
昔、花王さんがお客様センターの声を重視して、それを製品開発に活かしていました。もちろんいまでもやっていると思いますが、御社の姿勢はそれに近いですね。
猿渡 そうかもしれません。ただ、お客様の声を製品開発に活かしていくことは、いまのほうがはるかに重要になっていると思います。ネットのレビューで製品の良し悪しがすぐわかってしまうし、ニーズの変化も昔より速いので、製品をどんどん改善していかないといけないからです。
内田 ビジネス戦略的な側面はよくわかりました。その戦略をすみやかに遂行していくための組織作りについて、猿渡さんが心がけてきたのはどういうことですか?
猿渡 やっぱり、いかによい人を採用するかがいちばん大事ですね。
そのために、社員についてはいまも全員私が最終面接しています。もちろん能力はある程度必要ですが、それ以上に大事なのはAnkerの企業カルチャーとのマッチ(一致)です。能力は入社してからでも鍛えられますが、性格は変えにくいですから。
内田 御社のカルチャーにマッチする人というのは、具体的にはどういう人ですか?
猿渡 まず大事なのは「自走できる人」であることです。あとは、いわゆる「GRIT」―「やり抜く力」の高い人であること。そういうマインドセットを大事にしています。
内田 それを面接でどう判断するんですか? 履歴書だけではわからないでしょう。
猿渡 面接の際の質問の仕方を工夫しています。考えないと答えられない質問をして、相手がどんな思考をするのかを試してみるのです。
内田 差し支えない範囲で、具体的な質問の例を挙げてもらえますか? 『理念と経営』の読者の中小企業経営者も採用には苦労しているし、参考になると思うので。
猿渡 例えば、Anker製品の中で認知度が低いサブブランドを挙げて、「認知度を高めるために、どういうことをしたらいいと思いますか?」とか、「このブランドで、今後どういう製品を出したらいいと思いますか?」と聞いたりします。そして、相手が答えたら「なぜそう思ったのですか?」と重ねて問うとか。
内田 なるほど。正解のない質問をして、どういう答えが出たかではなくて、その答えをどう導き出したかという思考プロセスに注目するわけですね。問いを重ねたとき、頑なに自説にこだわるのではなく、「そういう考え方もありますね。でも、私はさらにこう思います」と、柔軟に思考を展開していける人が望ましいのでしょうね。
猿渡 面接の席であまり自説に固執する受け答えをされると、「入社したあともこの調子だと、他のメンバーとは合わないだろうな」と思ってしまいます(笑)。
「全体最適」の追求で強い組織を作るポイント
内田 それから、組織作りに関して、猿渡さんはご著書の『1位思考』の中で、「全体最適」を重視しているという話を強調されていますね。そのことについて説明してください。
構成 本誌編集長 前原政之
撮影 中村ノブオ
本記事は、月刊『理念と経営』2024年 2月号「巻頭対談」から抜粋したものです。
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