『理念と経営』WEB記事

第84回/『日本史に学ぶ リーダーが嫌になった時に読む本』

『理念と経営』でおなじみの加来耕三先生の著作

歴史家・作家の加来耕三先生といえば、『理念と経営』読者の皆さんにはすっかりおなじみでしょう。
何しろ、創刊2年目(2008年)の誌面初登場以来、寄稿・インタビュー・巻頭対談など、さまざまな形で頻繁にご登場いただいているのですから。

とくに、現在連載中の「歴史の『なぜ?』に学ぶ人間洞察力」(3月号で終了し、翌4月号からすぐに次の連載が始まります)に至るまで、十数年間、ほぼ途切れることなくさまざまな連載をお願いしてきたので、「加来先生の連載を通じて歴史の面白さを知った」という方も、読者には多いことでしょう。

加来先生は、歴史ものを中心にたくさんの著書をお持ちです。多いときには「月刊・加来耕三」と呼びたいほどのハイペースで、著作を刊行されています。

それは、2023年に作家生活40周年の佳節を迎えた長いキャリアの賜物ですが、ずっと読者に求められ続けてきた証でもあります。浮沈の激しい出版業界において、これは大変なことなのです。

今回、多くの著作から何を選ぶか迷った末、この『日本史に学ぶ リーダーが嫌になった時に読む本』を選びました。読者の中小企業経営者にも学びが大きい1冊だと感じたからです。

ユニークな切り口の「歴史に学ぶリーダー論」

経営者や組織のリーダーには、歴史小説や歴史書の愛読者が多いものです。そこからリーダーとしての行動指針を学び取ろうとするからでしょう。そのため、「歴史に学ぶリーダー論」のたぐいは汗牛充棟の観があります。

本書もその1つですが、数多い類書に比べ、ひときわユニークな切り口を持っています。

タイトルからして独創的です。ふつう、この手の本は、リーダーとしての意欲にあふれた人が自分を鼓舞するために読むものでしょう。ところが、本書は『リーダーが嫌になった時に読む本』だというのですから、通常とはベクトルが逆で、ヒネリが利いています。

そのような切り口をあえて選んだ理由が、本書の「はじめに」で次のように説明されています。

《もう、「率先垂範」型の、難しいチーム統率に自ら挑み、それを本懐とするような「人格の型」のリーダーが、日本にはいないのかもしれません。
 いわば、好むと好まざるとにかかわらず、各々のリーダーの地位にあげられてしまった人々、本人は決してなりたくてリーダーになったのではない、と心の内ではグチをこぼしているような、嫌々リーダーを引き受けた人々こそが、実は「令和」のリーダー=「人格の型」ではないか、と筆者は思うのです》

求められるリーダー像も、時代によって変わります。
「オレについてこい!」と有無を言わさずメンバーを引っ張っていく強権型のリーダーは、昭和期には歓迎されたでしょうが、いまでは敬遠されます。個々のメンバーに優しく寄り添う共感型のリーダーこそが、いまは歓迎されるのです。

同様に、「リーダーとなることを望み続けてきた、意欲あふれるリーダー像」は、令和時代にはそぐわない――少なくともメインストリームではない――と、加来先生は言うのです。

それは、中小企業経営者についても言えることでしょう。
私が取材で出会う経営者たちも、「会社を継ぐつもりはなかったが、事情があって継がざるを得なかった」という二代目・三代目が、最近は目立ちます。「子どものころから後継ぎになろうと決意し、そのための努力を続けてきた」というタイプは、むしろ少数派なのです。

しかし、元々の意欲はどうあれ、経営者となったからには誠心誠意頑張るしかありません。そういう中小企業経営者が読むと、本書は共感ポイントがたくさんあるはずです。

リーダーも、しかるべき時には逃げてもよい

自らの意志とは裏腹にリーダーにならざるを得なかった人は、歴史上の「立派すぎるリーダー像」を紹介したリーダー論が苦手だと思います。
「自分はとてもこんなリーダーにはなれない」と、拒絶反応が先立ってしまうでしょう。

その点、本書は素直な気持ちで読めるはずです。一般的な「リーダーが持つべき美質」とされる勇気や決断力などを称揚するのではなく、むしろそれ以外の資質に光を当てているからです。
何しろ、本書のいちばん最初の項目が《迷ったら逃げよう》なのですから。

一般的な「歴史に学ぶリーダー論」では、「リーダーたるもの、逃げてはいけない」と説かれ、絶体絶命の状況でも逃げずに戦ったリーダーの勇気が称賛されます。
たしかに、逃げずに戦ったからこそ奇跡的な勝利が得られた事例も、歴史上多いことでしょう。しかし逆に、逃げることがリーダーとして正しい選択だったケースも多いと、加来先生は指摘します。

《日本の歴史上、逃げずに立ち向かったばかりに、大きな痛手を被った先例、再戦を挑むことなく玉砕してしまった悪例は、それこそいくらでもあります。
 戦争にしろ合戦にしろ、リーダーの「逃げない」という判断が誤りだったことは少なくないのです。(中略)
 恥ずかしいと思うかもしれませんが、逃げることを戦略の一つとして、リーダーはつねに考えておくべきです》

その上で、逃げるべきときに逃げることで優れたリーダーシップを発揮した例として、木戸孝允(桂小五郎)と織田信長のケースを挙げるのです。

《のちに、長州藩士たちは、「あの時、木戸さんが死んでいたら、薩長同盟はできていなかった」と振り返っています。次々にリーダーが倒れていった長州藩にあって、木戸は他のリーダーたちとは一線を画し、逃げつづけることで自らは生き残り、結果的に長州藩のみならず多くの人命を守り、明治維新を成し遂げることに成功しました》

各章の章末に、「失敗したリーダー」というコラムが載っています。
1章末のコラムは「逃げずに死んだリーダーたち」で、《逃げることを潔しとしなかったために、志半ばで世を去らなければならなかった歴史上の人物》の失敗例が紹介されています。

この1章が象徴的ですが、本書は全体的に、「リーダーはかくあらねばならぬ!」と声高に叫ぶような内容ではありません。
むしろ、従来のリーダー論にはあまりなかった視点から「令和のリーダー像」が論じられ、それに即した歴史上の事例が挙げられていくのです。

型破りながら、納得の内容

各項目の見出しを見ても、《迷ったら逃げよう》のみならず、驚くような言葉が並んでいます。
たとえば、《力を抜くべし》、《部下を頼る》、《弱さを隠さない》、《もっと小心であれ》、《劣等感に向き合う》……などという具合です。そうした見出しを列挙しただけで、型破りなリーダー論であることがわかります。

しかし、内容を読んでみれば、「なるほど」と納得させられるリーダー論になっているのです。
たとえば、《部下を頼る》という項目には次のような一節があります。

《リーダーが部下を頼るのは、恥ずかしいことでも何でもありません。
 むしろ、優れたリーダーほど、部下を頼って、成功率を高めています。
 鎌倉幕府の初代将軍・源頼朝がそうでした》

《リーダーになると、自分の頼りなさを隠そうとする人が多いようです。
 確かにその方が一見、威厳を保てるように思うかもしれませんが、実際は自分の頼りなさをオープンにする人の方が、部下はついていきやすいものなのです》

リーダーも、しかるべき時には逃げてもよいし、部下に頼ってもよい。弱さや頼りなさを隠さなくてもよいし、小心であってもよい……そのような本書のメッセージを読むと、ホッとする中小企業経営者も多いことでしょう。

加来耕三著/クロスメディア・パブリッシング(インプレス)/2021年10月刊
文/前原政之

理念と経営にご興味がある方へ

SNSでシェアする

無料メールマガジン

メールアドレスを登録していただくと、
定期的にメルマガ『理念と経営News』を配信いたします。

お問い合わせ

購読に関するお問い合わせなど、
お気軽にご連絡ください。