『理念と経営』WEB記事

第83回/『なぜ倒産――23社の破綻に学ぶ失敗の法則』

人気長寿連載の書籍化第1弾

『日経トップリーダー』という月刊誌があります。原則として書店では販売せず、定期購読制で直販する雑誌なので、一般にはあまりなじみがないかもしれません。
経営者、とくに中小企業経営者向けに特化した雑誌であり、『理念と経営』とは対象読者層も近く、私もいつも参考にさせていただいています。

その『日経トップリーダー』で1992年に始まり、現在まで続いているのが、「破綻の真相」という連載(連載開始当時のタイトルは「倒産の研究」)。注目すべき倒産事例1社に焦点を当て、倒産までの経緯と理由を掘り下げて取材し、紹介する内容です。

今回取り上げる『なぜ倒産――23社の破綻に学ぶ失敗の法則』は、その「破綻の真相」の書籍化第1弾。2018年に刊行されたもので、続編もすでに第3弾まで出ています(最新刊は『なぜ倒産 令和・粉飾編――破綻18社に学ぶ失敗の法則』)。3冊それぞれが甲乙つけがたい内容ですが、ここでは第1弾を紹介しましょう。

『理念と経営』もそうですが、経営誌で取り上げる企業事例は、成功事例に大きく偏りがちです。なぜなら、失敗事例については企業側も取材を受けたがらないから。

当連載の第55回で取り上げた野中郁次郎先生の『「失敗の本質」を語る』(日経プレミアシリーズ)にも、次のような一節があります。

《企業を訪問する事例研究には制約がありました。企業が協力してくれるのは、成功事例として取り上げてもらえると期待しているからです。成功事例だけではなく、失敗事例の研究をしたいと思っても、協力してくれる企業は現れません》

「このままでは研究が成功事例ばかりに偏ってしまう」と悩んだ野中先生が選んだのは、企業の代わりに戦史における失敗事例を研究することでした。そこから生まれたのが、名著『失敗の本質』だったのです。

同様に経営誌も、失敗事例の研究をどうやって誌面に盛り込むか、苦心しています。
たとえば、『理念と経営』の長寿連載「逆境! その時、経営者は…」も、ある意味で失敗から学ぶための記事と言えます。取り上げる経営者はすでに逆境を乗り越えたあとなので、過去の失敗について赤裸々に語ってくださるのです。

『日経トップリーダー』の「破綻の真相」も、企業の失敗事例から学ぶための連載と言えるでしょう。何しろ倒産したばかりの事例を扱うのですから、当事者たちの口は重く、取材拒否に遭うことも多いようです。

倒産企業の(元)経営者を取材できない場合にも、元社員や取引先、信用調査機関の調査員などを広く取材することで、倒産に至る経緯を生々しく描き出しています。日経ならではの取材力が活かされているのです。

倒産事例から学ぶ「経営の『べからず集』」

経営学者や経営誌が企業の失敗事例にこだわるのは、そこからの学びが大きいからです。むしろ、成功事例よりも失敗事例からのほうが、多くの学びを得やすい面があります。
それはなぜか? 本書の「はじめに」で、『日経トップリーダー』編集長(当時)の北方雅人氏が的確に説明しています。

《成功事例を知ることはもちろん大切ですが、そのやり方を自社に取り入れても、成功するとは限りません。成功事例は、再現性が低いものです。なぜなら、成功はいろいろな条件の組み合わせだからです。(中略)
 対して、失敗事例は再現性が高い。「こうした局面で、こんな判断をしたから会社が傾いた」という情報は、自社にそのまま置き換えても(実際に自ら検証する人はいませんが)、おそらく高い確率で当てはまります。(中略)
 成功はいくつかの要因の組み合わせですが、失敗は究極的には1つの判断ミスによるもの。例えるなら、成功とはブロックを地道に高く積み上げることであり、失敗とはブロックの山のどこか一カ所に異常な力が加わることで一気に崩れるイメージです。成功の要因と違って、失敗は原因を特定できる分、ダイレクトに役立つのです》

「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」という、野村克也氏が広めた名言(元は、江戸後期の肥前平戸藩主・松浦静山の言葉)を思い出します。
企業の成功という「勝ち」には偶発的要素が大きいのに対し、倒産という「負け」には必然的要因があるものです。

だからこそ、経営者がその要因になり得るものを熟知し、回避することで、倒産危機を未然に防ぐこともできるでしょう。その意味で、本書のような倒産の研究書には学びが大きい。これは、倒産事例から学ぶ「経営のべからず集」なのです。

倒産を研究した類書は他にも少なくありませんが、中小企業経営者にはこの『なぜ倒産』シリーズを第一におすすめしたいと思います。なぜなら、取り上げられた事例はみな中堅・中小企業の倒産であり、大企業中心の類書よりも立ち位置が近く、ストレートな学びが得られるからです。

また、大企業の倒産はマスコミに大々的に取り上げられるのに対し、中小企業の倒産は地方紙の片隅で報じられるだけのことも多く、内実が知られることもほとんどありません。その意味でも、中小企業の倒産を詳しく紹介した本シリーズは貴重なのです。

企業の破綻には定石がある

《成功には定石はありませんが、失敗には定石があります。
「成功はアートだが、失敗はサイエンス」と表現してもいいかもしれません》
――本書の「はじめに」の印象的な一節です。

この言葉のとおり、本書は取り上げた23社の倒産事例を、まず3つのパターンに大分類して3章に分け、さらに計11の「破綻の定石」に小分類しています。

全3章のうち、第1章は《急成長には落とし穴がある》――。
商品の大ヒットなどの急成長時にこそ、倒産危機が忍び寄りやすいことを教えてくれます。

稲盛和夫氏(京セラ創業者)に「成功も試練」という名言があるとおり、大きな成功や急成長のときにこそ、経営者の力量が試されるのです。本書にも、《経営は慢心との戦いといっても過言ではありません》との一節があります。

続く第2章は、《ビジネスモデルが陳腐化したときの分かれ道》。
本書に登場する倒産企業には、かつて業界をリードしていた企業も少なくありません。「ビジネスモデルの平均寿命は20年」とも言われるとおり、どんなに秀逸なビジネスモデルも時代に合わなくなる時期がやってきます。そうした環境変化に適応できなかった企業は、やがてジリ貧となって破綻していくのです。

そして最後の第3章は、《リスク管理の甘さはいつでも命取りになる》。
一社依存がもたらすリスクなど、企業を倒産に追い込む代表的リスクが取り上げられています。

本書で取り上げられた11の「破綻の定石」を、中小企業経営者はよく心に刻みつけておくべきです。
そうすれば、「うちはいま、あの『破綻の定石』にハマりかけている!」と、心の中で警鐘を鳴らすこともできるでしょう。

本書は倒産危機回避のための「転ばぬ先の杖」であり、いわば“読む「倒産予防薬」”なのです。

なお、本書は刊行当時、『読売新聞』の書評で人気作家・宮部みゆき氏が絶讃し、それをきっかけによく売れたようです。その書評には次のような一節がありました。

《11ヵ条の「破綻の定石」があり、これがまた具体的でわかりやすくて面白い――などと言っては不真面目なようで申し訳ないのだけれど、経済ミステリーの短編集を読んでいるみたいにスリリングなのである》(『宮部みゆきが「本よみうり堂」でおすすめした本 2015-2019』中公新書ラクレ)

中小企業経営者が読む場合、身につまされる部分も多いので、「面白い」とはいかないかもしれません。それでも、人間ドラマの迫力みなぎる、読み応えある一書であることは間違いありません。

日経トップリーダー・編/日経BP/2018年7月刊
文/前原政之

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