『理念と経営』WEB記事

「フィロソフィ」が 社員の心に火をつける

株式会社MTG 取締役会長 大田嘉仁 氏 ✕  株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長 岡田武史 氏

京セラ、KDDIの創業、JAL再建など数々の偉業を成し遂げてきた稲盛和夫氏。そのフィロソフィを基軸とした経営を京セラ時代から目撃してきたのが、“側近中の側近”として知られる大田嘉仁氏である。同じく、Jリーグ監督時代から親交があり、稲盛経営の真髄を学んできたという名将・岡田武史氏。二人の対談を通じて浮かびあがってきた「燃える集団」のつくり方―。

なぜ、企業経営にフィロソフィが必要なのか?

―弊誌は誌名のとおり、経営における理念を重視しています。そこで、フィロソフィ(哲学)を基軸とした組織改革を熟知されたお二人の対談を企画しました。岡田さんが「盛和塾」(稲盛和夫氏の経営哲学を学ぶ会。2019年閉塾)に入塾されていたことを知らない読者も多いかと思いますので、まずはそこからお願いします。

岡田 僕が盛和塾に入れていただいたのは経営者になる前で、Jリーグ「コンサドーレ札幌」の監督を務めていたころのことでした。なぜ入ったかといえば、当時、チームのフィロソフィをつくろうとしていたからです。

昔、ドイツの「FCバイエルン・ミュンヘン」のGMが「われわれにはクラブのフィロソフィがある。お前のクラブのフィロソフィは何だ?」と言ったという話を聞いて、「サッカーチームにもフィロソフィが必要なんだ」ということに初めて気づかされたんですね。そこから、チームのフィロソフィをつくるようになりました。一方で、京セラがスポンサーを務める「京都パープルサンガ」(現・京都サンガF.C.)の監督を僕の後輩がやっていた関係で、稲盛さんとご縁ができました。お話を伺い、ご著書もあれこれ読む中で、「フィロソフィを基軸とした組織づくりを、稲盛さんに教えていただきたい」と考えて、盛和塾の門を叩いたしだいです。ただ、私は大田さんと対等にお話しできるほど稲盛さんに近かったわけではないので、今日は勉強させていただきにきました。

大田 私の場合、大学を出てすぐに京セラに入社しましたから、フィロソフィを基軸とした経営はいつも身近にありました。稲盛さんがJAL再建に取り組まれた時期には「副官」つまり、補佐としてご一緒させていただきましたが、そこでも「JALフィロソフィ」をつくって再建を進めました。

なぜ企業経営にフィロソフィが大切かといえば、それが「ぶれない軸」になるからです。「善き思い」を中心軸として据えるためにフィロソフィがあるのです。軸がないと、人間の心は弱いものですから、「儲けるためなら何をしてもいい」とか、「自分がいちばんだから社員はどうなってもいい」という悪い考えのほうに、すぐぶれてしまいます。

稲盛さんは、人の心の弱さを熟知されていました。順調なときにはよいけれど、うまくいかないと楽な道を選んでぶれてしまう。だからこそ、軸となるフィロソフィが不可欠なのだ、と……。「私も毎日自分の行動を振り返って、フィロソフィからぶれた点があったら、反省して修正している」とおっしゃっていました。

岡田 そういえば、稲盛さんは「盛和塾」の例会で、「毎朝反省して、顔をパンパン叩いて『また失敗してしもうた!』とやっている」とおっしゃっていました。まさに、フィロソフィは経営者が自らを律する基準なのですね。

それから、僕が稲盛さんから直接伺って印象に残っているのは、「自我」と「真我」の違いについてのお話でした。人間の心の中には「自我」︱エゴがあるけれど、その奥底にはエゴを越えた清らかな「真我」がある。そして、その真我は「宇宙の法則」に則っている……そんな話です。

「経営者の心には自我があっていい。売り上げを上げて儲けて、高級車に乗りたいという気持ちがあってもいい。ただ、常に真我がそれを上回っていなければいけないんだ」と、大要そのようにおっしゃっていました。

僕なりに解釈すれば、自我は私利私欲で、人間である以上、それをゼロにするわけにはいかない。でも、心の中が自我だけで満杯になっているようでは駄目で、ちっぽけな自分を越えて「世のため人のため」を考える真我のほうが大きな位置を占めていないと、よい経営はできない……そういう意味なんだろうと考えました。だからこそ、真我に則ってつくられたフィロソフィで、自我を抑えておかないといけないのだな、と。

大田 「自我と真我」は、稲盛さんの経営哲学の根本だと思います。「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」という京セラの経営理念にも、それが反映されています。社員の物質面での幸福も、もちろん大切です。でも、それだけで終わったら京セラの自我だけの経営になってしまう。「人類、社会の進歩発展」までを視野に入れてこそ、真我が上回る経営になるのです。

岡田 僕自身が会社の経営を始めたとき、稲盛さんの「自我と真我」のお話を思い出したんです。それで、企業理念を「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」としました。そして、「この理念から外れてまで、売り上げを上げる必要はない。常にこの理念に照らして経営判断をしよう」と思い定めたんです。

僕は経営の素人ですが、それでも何とかやってこられたのは、企業理念がぶれない軸になっているからです。

「JAL再建は絶対失敗する」を覆した、稲盛氏の”本気度“

―大田会長は、稲盛さんのJAL再建に「副官」として同行されました。奇跡の再建劇に全面的に関わられたわけですが、その舞台裏を少しお話しいただければと思います。

大田 私は稲盛さんより22歳若かったので、もっと年齢が近い京セラのベテラン幹部が一緒に行くのだろうと思っていたんです。なので、指名されて驚きました。

そんな私が腹を括ったのは、(稲盛さんの)会長就任とJALの会社更生法適用の記者会見のときです。その日、稲盛さんは盛和塾の予定が入っていたんですが、私は当然、盛和塾の予定を変えるんだろうと思っていました。ところが、稲盛さんは「盛和塾のほうが先約だから、記者会見には出ない。代わりにお前が出ろ」と言われたんです。そのことで、私自身も再建に大きな責任を負う立場なんだと気づいてハッとしました。

岡田 僕は再建に微力ながら協力させていただきました。JALの幹部教育のための研修ビデオに出させていただいたのです。

大田 そうでしたね。再建を始めるにあたって幹部たちの考え方から変えないといけないと痛感して、1ヵ月に17回の集中的なリーダー勉強会を行いました。その中で岡田さんにも講義をお願いさせていただきました。ワールドカップですごい結果を出されて「時の人」になっていた時期でしたから、その岡田さんがフィロソフィの大切さを熱く語る様子に、みんな驚いていました。

岡田 あのとき語ったことで覚えているのは、「サッカーでも、選手の成長は右肩上がりではない。必ず波を打っていく」という話です。「波の底に落ちたときは、ジャンプする前にしゃがむようなものです。より高いところに行くための準備なのだから、上を見るしかない。JALはもう底まで落ちているんですから、上へ行くしかないでしょう」と言ったら、場がシーンと静まり返りましてね(笑)。えらいことを言ってしまったと後悔しました。

大田 いや、あのお話は胸を打ちました。フィロソフィの大切さが、岡田さんの話で初めて腹落ちした人も多かったはずです。

構成 本誌編集長 前原政之
撮影 中村ノブオ


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本記事は、月刊『理念と経営』2024年 1月号「巻頭対談」から抜粋したものです。

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