『理念と経営』WEB記事

第82回/『稲盛和夫 明日からすぐ役立つ15の言葉』

「側近中の側近」による「稲盛経営哲学」のエッセンス

『理念と経営』2024年1月号(12月21日発売)の巻頭対談には、京セラ創業者・稲盛和夫氏の側近を約30年にわたって務めた大田嘉仁氏(株式会社MTG取締役会長)と、日本サッカーが世界に誇る名将・岡田武史氏(日本代表元監督)をお迎えしました。

お2人を結ぶ共通項は、一見わかりにくいかもしれません。しかし、岡田氏は稲盛氏とも深い縁を結んだ方なのです。

稲盛氏の経営哲学を学ぶ会「盛和塾」(2019年閉塾)にも、岡田氏は入塾されていたとのことです。入塾時点では現役の監督だった岡田氏ですが、サッカーチームにもフィロソフィ(哲学)が不可欠であるとの思いから、稲盛フィロソフィを学びたいと入塾されたのでした。

つまり、組織をまとめ上げる紐帯としてフィロソフィを重視するお2人が、稲盛経営哲学を起点に語り合う対談なのです。

今回取り上げる『稲盛和夫 明日からすぐ役立つ15の言葉』は、その巻頭対談とぜひ併読してほしい1冊。大田氏が、稲盛経営哲学のエッセンスを抽出した書なのです。

大田氏は、稲盛氏が「側近中の側近」として絶大な信頼を寄せた人物です。
稲盛氏が経営破綻したJAL(日本航空)の会長に就任し、再建に取り組んだ時期には、「会長補佐」として共にJALに行きました。
当時、稲盛氏は「JAL再建のため、最も信頼している大田君を副官として(京セラから)連れてきました」と、よく言っていたそうです。

間近に仕えた人だからこそ聞けた、稲盛氏の珠玉の言葉の数々が、本書には刻みつけられています。

名言集というより「白熱ストーリー」集

タイトルの印象から、本書を稲盛和夫氏の「名言集」だと思って手に取る人も多いでしょう。

もちろん、「名言集」として読むことも可能な内容ではあります。しかし、名言だけをただ羅列したものではありません。
帯に《あなたの仕事が劇的に変わる15の「白熱ストーリー」!》との惹句が躍っているように、本書は名言集というより「白熱ストーリー」集なのです。

取り上げられた稲盛氏の言葉はすべて、それが語られた具体的なエピソードの中で紹介されています。だからこそ、その場面が読者にも鮮やかに想起され、一つひとつの言葉が深く心に刺さるのです。

また本書は、読んで心地よいきれいな名言ばかりを集めたものでもありません。時には、稲盛氏が激しく叱咤する言葉なども紹介されているのです。何しろ、本書の冒頭に登場するのは、大田氏が稲盛氏に突然怒られたエピソードなのですから……。

大田氏が秘書として稲盛氏に約30年間仕え、叱られ、励まされ、教え導かれてきた経験が、飾ることなく紹介された書なのです。ここには、人間・稲盛和夫の等身大の熱き姿が映し出されています。「白熱ストーリー」集であるゆえんです。

謙虚さは「魔除け」となって人を救う

本書の「15の言葉」から、2つほど紹介してみましょう。
最初に登場するのは、《謙虚さは「魔除け」になるんだ》――。これは、稲盛氏に激しく叱られて顔面蒼白になっていた大田氏に、一転して優しい口調で語られたという言葉です。

大田氏は、京セラ入社後の1988年に米ジョージ・ワシントン大学ビジネススクールに留学し、外国人では初となる首席で卒業し、MBA(経営学修士)を取得した人です。
その一事でわかるとおり、大変に優秀な方なのですが、だからこそ、叱られたころは《少し慢心が生まれてきたころだった》と、氏は書いています。

他の人なら気付かない程度の、ほんの少しの慢心――それを稲盛氏は見抜き、機会を見つけて激しく叱ったのでした。“慢心の芽”をいち早く摘むために……。

《今、この原稿を書いていて、このときの稲盛さんの言葉が、その後の私を救ってくれたと痛感します。
 その人の謙虚さが、その人を助ける――私はそのことを学んだのです》
《「謙虚さは魔除け」――。
 実際、その言葉を聞いたその日から、私は変わり始めたように思います》

大田氏はそう述懐しています。

成功を「試練」として受け止める

もう1つ紹介したいのは、《成功も試練です》――。
これは、稲盛氏が京セラの役員会、社外の講演会などでよく口にしていたという、《稲盛さんの口ぐせと言ってもいい》言葉だそうです。

しかし、大田氏は初めてこの言葉に接したころ、《違和感というか、反感に近いものさえ覚えた》といいます。「成功は成功じゃないか。成功が試練であれば、誰も成功など目指さなくなる」と思ったのだと……。

「試練」という言葉は、元来、神や指導者が信仰心や力量を「試す」ために与える苦難を指します。ゆえに、一般的には「試練とはつらく苦しいもの」というイメージがあるでしょう。

ある意味で、苦難はわかりやすい試練です。「ああ、自分はいま試されているのだな」と思い、反省し、努力して乗り越えようとしやすいからです。

それに対して、《「成功」という顔をした「試練」》はわかりにくい。つらいどころか有頂天の幸福感を覚えるので、試練とは思えず、反省や努力に結びつきにくいからです。
そして、成功に舞い上がる気持ちが油断や驕りにつながり、思わぬ失敗や挫折を呼び込むことも多いでしょう。

だからこそ、稲盛氏はさまざまな機会を捉えて《成功も試練》と言い続けたのです。大きな成功を収めたときにこそ、人は天によって「試されている」のだ、と……。
「勝って兜の緒を締めよ」という古諺のとおり、経営者は成功したときにこそ、《成功も試練》という言葉を思い出し、気を引き締め、襟を正して仕事に臨むべきなのです。

血肉化すれば、経営者の「力」となる

以上、2つだけピックアップしましたが、本書にはそれ以外にも、経営者が肝に銘じるべき珠玉の言葉がたくさんあります。

《昨日よりは今日。今日よりは明日。明日よりは明後日》、《人生は、死んでからのほうが、長い》、《「人間として何が正しいか」で判断すれば、間違いはない》、《人から嫌われたくない人は、結局、うまくいかない》などです。
それらの言葉がどのような場面で言われ、どんな思いが込められていたのかは、本書で確かめてください。

「15の言葉」以外にも、稲盛経営哲学の真髄と言える言葉が、本書の随所にちりばめられています。それらを血肉化していけば、中小企業経営者にとって、さまざまな場面で「力」となるでしょう。

私は『理念と経営』を舞台に、過去十数年にわたって数多くの中小企業経営者を取材してきました。その中ではかなりの頻度で、稲盛経営哲学を自らの拠り所としている人に出会ったものです。
その方々の気持ちが、本書を読んでいっそう深く理解できたように思います。

大田嘉仁著/三笠書房/2023年1月刊
文/前原政之

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