『理念と経営』WEB記事

第80回/『教科書経営――本が会社を強くする』

本を経営に役立てるためのガイドブック

『理念と経営』2024年1月号(12月21日発売)の「特集2」は、「名経営者に学んだ経営哲学」です。その中で、経営者の方々に、自らの経営の羅針盤としてきた座右の書を挙げていただいています。

今回取り上げる本は、同特集とぜひ併読していただきたい1冊。
錚々たるカリスマ経営者たちが、経営の「教科書」としてきた経営書や古典などについて語るインタビュー集です。

著者の中沢康彦氏は、『日経ビジネス』記者、『日経トップリーダー』副編集長などを経て、現在は『日経ビジネス』シニアエディターを務めるベテラン・ジャーナリスト。氏の豊富な取材経験が、本書には十全に生かされています。

17人の経営者と、4人の経営学者(入山章栄・沼上幹・堀義人・加護野忠男の4氏)が登場します。計21人の方々がそれぞれ推薦する76冊が紹介されており、ブックガイドとしても有益です。

経営者たちは、座右の書を経営にどう生かしてきたかを語っています。そして、合間に登場する経営学者たちは、少し大局的に、経営学書を経営に役立てていくための要諦をレクチャーしています。
その2段構えによって、本書は「本を経営に役立てるためのガイドブック」になっているのです。

抜きん出た「具体性」と「実用性」

名経営者たちが座右の書を紹介する形のブックガイド本は、過去にもありました。本書もその系譜に連なるものですが、類書に比べ、さまざまな面で「アップデートされている」という印象を受ける内容です。

過去の類書には、“伝説的な名経営者から、生きざまや覚悟を学ぶ”という趣の事例が多く見られました(もちろん、それはそれで大切なことですが)。それに対し、本書は科学としての経営学を、文字通りの「教科書」として用いている事例が多いのです。

象徴的なのは、『理念と経営』にも何度もご登場いただいている星野リゾートの星野佳路社長が、本書のインタビューで語っている次のような言葉です。

《私が使うのは研究者が書いた学術的な論文や書籍であり、それらは企業の事例の積み上げから法則を導いています。その内容は例えば医学や化学と同じ科学の世界であり、正しさが証明されています。私は教科書を通して証明された法則を知り、それを経営に活用しているのです。(中略)
 経営者の成功ストーリーは内容が面白くても1つの事例ですから、私には参考になりません》

著者の中沢氏自身も、本書の特長を「はじめに」で次のように説明しています。

《本書は経営者が実際にどうやって本を選び、どんなふうに読み、そしてどう役立てているかを具体的に記している。ありそうでなかなかない切り口であり、その意味で画期的だと自負している》

この言葉が示すように、本書の何よりの美点は抜きん出た具体性・実用性にあります。あいまいな精神論は排し、いまをときめくトップ経営者たちが、本をどのように経営に生かしているかがストレートに紹介されているのです。

「経営者にとって読書が大切なことはわかる。しかし、読んだ内容をどう経営に生かしていけばよいかがよくわからない」

そんなふうに感じている経営者が各章を読めば、「ああ、こんなふうに本を経営に生かしていけばいいのか」と得心するケーススタディ集になるでしょう。

読んで実行しなければ、真の学びではない

トップバッターとして登場する星野佳路社長へのインタビューは、本書の白眉ともいうべき内容です。
著者の中沢氏には、『星野リゾートの教科書』(日経BP)など、星野社長に取材して書いた著作が数冊あります。取材を重ね、気心の知れた相手だからこそ、深みのあるインタビューになっているのです。

また、星野社長が語る内容自体が、経営者の成功ストーリーを読んだだけで満足してしまう読書のありようへの、痛烈なアンチテーゼになっています。たとえば――。

《多くのビジネスパーソンは教科書を読んで理解しても知識として持っているだけであり、その内容を実行していないかもしれません。しかし、これだとエンターテインメントを読むのと同じであり、もったいないと思います》
《私は経営職に就いた当初から自分が特別な資質を持っていると思っていませんし、自分の直感も信じていません。だからこそ、経営に科学を取り入れるべきだと考え、教科書を経営の根拠に置いています。自社の課題に合った教科書を選び、教科書に書かれている通りに経営してきました》

経営学を「教科書」として学び、その通りに実行しているという星野社長の経営術こそ、『教科書経営』のお手本なのです。

優れた経営者は貪欲に学び続けている

ただし、星野社長の学び方は一例であり、登場する他の経営者には、異なる学び方をしている例もあります。

経営にストレートに役立つ経営学書に的を絞る星野社長とは対照的に、経営とは関係ない古典や名著から、経営に生かせる知恵を抽出する人もいるのです。

たとえば、『理念と経営』の巻頭対談(2022年12月号)にもご登場いただいたユーグレナの出雲充社長は、中国の古典の素読会にも数多く参加してきたと言います。

《「古典を読んでもバイオテクノロジーには直接役に立たないし、正直言って最初は苦痛だった」という。しかし、多くの経営者が自分の時間を使って勉強する姿を見て「何かあるのかもしれない」と思い、参加し続けた》

その蓄積がいつしか血肉となり、目に見えない形で日々の経営にも生かされているのです。

また、医薬品原料などを扱うアステナホールディングスの岩城慶太郎社長は、ハンナ・アレント(政治学者・哲学者)の『人間の条件』を、座右の書の一つに挙げています。

『人間の条件』は難解な政治哲学の書であり、経営にも、アステナの事業内容にも、直接の関係はありません。それでも岩城社長は、同書から経営上の重要な示唆を得たというのです。

《岩城氏は「内容が難しくてすべてを理解しているとは言えない」としつつも、「同書でアレント氏は豊かさについての定義を試みている。豊かさにはコミュニティーやロイヤルティーが大切だ、と気付くことができた」と話す》

その気付きが、アステナが2021年に本社機能の一部を過疎化が進む石川県珠洲市に移転した、一つの契機となったのです。

《岩城氏の理解では、対価を伴う「労働」よりも、報酬を伴わない「仕事」と「活動」のウエートが高い人は実は豊かな人生を送ることができる。「それを踏まえて考えると、珠洲では『仕事』と『活動』の割合が高く、だからこの地の人たちは豊かなのだ、と理解した》

そのように、経営とは関係ない古典的名著が、経営に重要な示唆を与えることもあるのです。本からの学びを経営に生かすためにはさまざまな道筋があることを、本書は教えてくれます。

登場する17人の経営者の学びのスタイルも、十人十色です。
ただ、確かなのは、優れた経営者は例外なく「貪欲に学び続けている」こと。経営者にとって学び続けることは死活的に重要であると、本書は改めて教えてくれます。

中沢康彦著/日経BP/2023年4月刊
文/前原政之

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