『理念と経営』WEB記事

下を向いてしまったらそこで終わり

株式会社冨士屋 代表取締役 渋谷則俊 氏

老舗ベーカリーの3代目は、倒産危機を乗り越えるため、34歳にして修業に出た。その「背水の陣」の中で師と出会い、再建を果たすまでの軌跡――。

あきらめモードから一転、「絶対に見返してやる!」

冨士屋は、明年には「100年企業」の仲間入りを果たす老舗ベーカリーだ。渋谷則俊社長の父・祥二さんは、6店舗・1工場にまで発展させた。

だが、則俊さんが入社し、数年後に店長を任されたころには、冨士屋の売り上げは下降の一途を辿っていた。しかし、社員たちに危機感はなかったという。

「月2回の店長会議の席で『売り上げが前年度の97%だ』と発表されると、店長たちや工場長は『あまり下がらなくてよかった』と喜ぶんですよ。『街に人が減っているんだから、売り上げが下がるのも仕方ない』と他責思考でした。改善案を提案しても、面倒がってやろうとしない。仕事ぶりもひどくて、賞味期限切れの材料を大量廃棄するなど、平気でしていました。古い材料から先に使うという当たり前の管理すらできていなかったのです」

なぜ、そんな状態に陥ってしまったのか?

「最大の理由は、父が病気で現場を離れたことだと思います。叱る人がいないし、売り上げがジリ貧でも給与は下げず、賞与まで毎年出していたほど甘い経営をしていたので、ぬるま湯状態だったのです」

だが、ぬるま湯の日々に終わりが訪れた。取引銀行から突然、「御社は不良債権扱いになりました。今後の融資はできません」と、宣告を受けたのだ。渋谷さんが32歳のときのことであった。

「借り換え手続きのときは担当者が来社してくれていたのに、そのときは(諸手続きのため)銀行まで来いと言われました。病気の父に代わって母が社長を務めていましたが、母も重いリウマチで歩けない状態でした。そのことを説明しても、『来て署名してもらわないと困る』の一点張りで……。それで仕方なく、母を車に乗せて、僕が身体を支えて銀行に行きました」

長いつきあいの銀行から、なぜこんな仕打ちを受けなければいけないのか――渋谷さんの心に、怨念のような感情が湧き上がった。

「これまでの人生で、あんなにくやしかったことはないですね。それまで僕は『うちの店は人間で言えば末期がんだから、もうダメだよ』と親戚に言ったりして、店の存続を半ばあきらめていました。でも、そのとき初めて、『このままでは終われない。絶対に店を立て直して見返してやる!』と痛烈に思ったのです」

修業先の師匠から言われた強烈な言葉

そのときから、渋谷さんは実質的経営者となって、再建に向けての指揮を執った。最初にやったのは、社員たちに厳しい現状を伝え、「当分ボーナスは出せないし、皆さんの給与もカットします」とつらい宣言をすることだった。

材料が手に入らなければパンが作れないので、問屋への支払いを優先した。そのために社員の給与支払いが3カ月滞り、その間に数人が退社していったという。

店舗も2店閉店し、「選択と集中」を進めた。それでも、抱えた負債は1億5000万円以上あり、常に倒産の2文字がちらついていた。

売り上げ改善のため、あまりやったことがなかったイベント出展や、東京の百貨店の「新潟物産展」などに、積極的にチャレンジした。看板商品のクリームパンが人気を集め、売り上げは少しずつ上向き始めた。

「先行きを考えたとき、もっと抜本的な改革が必要だと思いました。でも、そのために何をしたらいいかがわからなかったので、手本になるような人気店で僕自身が修業し直すことにしたんです」

大手製粉会社の営業担当にその旨を相談すると、彼が修業先の候補として挙げたのが、埼玉県川口市の有名ベーカリー「デイジイ」であった。営業担当がデイジイの倉田博和社長と話をつけてくれ、さっそく面接に赴いた。

「『3年修業させてください』と言ったら、『経営者が3年も店を空けていいはずがないだろう。1年ですべてを覚えろ』と言われました。そして、当時あった4店舗すべてを視察してくださったのです」

視察を終えた倉田社長の一言は強烈だった。

「君が右腕にしたい人間も、何人か修業に寄越せ。君一人だけが頑張っても、あの社員たちでは改革はとても無理だ」

それで、1年の間に3人の社員が、渋谷さんと交代で「デイジイ」に修業に行くことになった。

「『デイジイ』での修業は鮮烈でした。何より、仕事のスピードと効率がうちの店とは段違いでした。すべてがテキパキと無駄がなくて、修業から戻ったら、うちのスタッフの働きぶりがスローモーションに見えたほどです。店舗の清掃や整理整頓も徹底的に行っていました」

1年間の修業を終えると、いよいよ新潟に戻り、冨士屋の抜本的改革をスタートさせた。

取材・文・撮影 編集部


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本記事は、月刊『理念と経営』2023年 11月号「逆境!その時、経営者は…」から抜粋したものです。

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