『理念と経営』WEB記事

第77回/『世界最高峰の経営学教室』(理論編/実践編)

タイトルにふさわしい内容の「希有な本」

『世界最高峰の経営学教室』というタイトルだけを見ると、「大げさな……」と思う向きもあるかもしれません。しかし、本書はこのタイトルにふさわしい内容を持った重厚な1冊なのです。

『理念と経営』にもよくご登場いただいている入山章栄先生(早稲田大学ビジネススクール教授)が、本書の巻頭に長文の解説を寄せています。その一節を引用しましょう。

《本書は、私が最も信頼している経済ジャーナリストである日経ビジネス副編集長広野彩子氏(現在は慶応義塾大学の特別招聘教授も兼任)が、2019年春から最近まで、経営学の世界における超トップクラスの研究者・経営学者に最新の知見を尋ねてきた取材成果をまとめたものだ》

《私はこの本をビジネスパーソンなど多くの方々に、ぜひ手にとってほしいと考えている。それはこの本がそれだけ希有な本であり、今後もこのような本が出る可能性は低いからだ。
 その最大の理由は、なんといっても、本書に出てくる19人の世界的な経営学者・経済学者の豪華さだ。まさにドリームチーム! よくぞ、これだけのメンバーを集めたものだ。「世界最高峰」という書名に恥じない、現代の必読書である》

編著者の広野彩子氏は、今年(2023年)の夏に新著『世界最高峰の経済学教室』(日本経済新聞出版)を上梓し、そちらも大きな話題を呼びました。
同書はタイトルのとおり、世界トップクラスの経済学者12人(そのうち7人がノーベル経済学賞受賞者)へのインタビュー集であり、本書の姉妹編に当たります。

本書は、2020年10月に刊行された『世界最高峰の経営教室』(日経BP)の文庫化です。
ただし、大幅な増補・改稿を加えて内容が一新されています。その上で一部改題(「経営」から「経営学」に)し、「1 理論編」と「2 実践編」に分冊したものなのです。

たとえば、元本に登場する研究者が17人であったのに対し、文庫版にはさらに2人の講義が追加収録されています。

そのうちの1人が、日本が世界に誇る経営学者で、『理念と経営』にも折々にご登場いただいている野中郁次郎先生です。本書唯一の日本人研究者でもある野中先生の講義だけでも、80ページ近いボリュームがあります。

また、他の17人の講義についても、その多くは追加インタビューを行ったり、近年の情勢を踏まえて加筆したりして、内容が大幅にアップデートされています。

経営学最前線の見取り図

入山章栄先生が「ドリームチーム」と評したとおり、登場する19人はいずれも、経営学界のスーパースターです。

たとえば、「マーケティングの父」フィリップ・コトラー、競争戦略論の第一人者マイケル・ポーター、「両利きの経営」理論の第一人者チャールズ・オライリー、「オープンイノベーション」の提唱者ヘンリー・チェスブロウ、欧米ではドラッカーと並び称される巨人ヘンリー・ミンツバーグなど、綺羅星の如き面々が講師となります。

本書のベースになっているのは、編著者の広野氏が『日経ビジネス』に掲載してきた、トップクラスの経営学者たちへのインタビュー「世界の最新経営論」です。
同連載について、広野氏は本書で次のように説明しています。

《経営学の理論だけを取り上げているわけではないし、実践論やケースのみに注目しているわけでもない。ひたすら、現在、日本の企業経営で課題となっているテーマについて、その分野の第一人者、記者風に言えば限りなく「一次ソース」といえる専門家に当たり、話を聞いていった》

経営学の先端的テーマについて、提唱者や第一人者にインタビューして講義の形にまとめたのが「世界の最新経営論」であり、それをベースとした本書なのです。

全19講の各講義に先立って、各章の冒頭ではその研究者の業績・人物像について、編著者が手際よく解説しています。
その解説と講義を19人分読むことによって、読者の脳内には“経営学最前線の見取り図”が出来上がるでしょう。

そうした内容なので、単に勉強のために本書を手に取る人も多いはずです。

しかし、広野氏の願いは、本書を経営に活かす「実践」にも向けられています。「理論編」と「実践編」に分けられていること自体が、その表れです。氏は「はじめに」でも、本書について《「企業経営」を論じる本ではあるが、「経営理論」の解説書ではない。学術入門書のようでもあり、使い方次第では実用書でもある》と表現しています。

たとえば、「両利きの経営」「オープンイノベーション」「ダイナミック・ケイパビリティ」などの先端的テーマについて、その本質を学べると同時に、企業経営にどう応用していけばよいかのヒントが得られる本なのです。

経営学の巨人たちが見据える日本の未来

本書のもう一つの特長は、登場する経営学者たちが、日本企業の現状と未来を雄弁に語っている点です。
もちろん、インタビュアーである広野氏がそれを問うたからですが、日本企業に精通した研究者が揃っているからでもあります。

経営学の巨人たちが日本企業について語る言葉には、辛口の指摘も少なくありません。

たとえば、「日本びいき」として知られるコトラー教授が、近年の日本企業の「イノベーション欠乏症」について、《アイデアを形にするうえでの「スピード不足」》が原因だと苦言を呈しています。

《私が切に訴えたいのは、新しいアイデアを考え出してから開発に3年もかけるのはやめたほうがいいということである。それより、アイデアをすぐにシンプルな形に落とし込んであちこちで試し、関わった人々に感想を聞きながら改善し、さらに試す、といったことをやったほうがいい。(中略)
 リーンマーケティング(アイデアをシンプルにして素早く取り組むマーケティング)は、日本企業の課題と大いに関係がある。今の日本企業は何事にも、動きが遅いと私は感じている》

また、マイケル・ポーター教授は、日本企業が抱える問題としてデジタル化の遅れを挙げています。

《日本の経済や企業について考えるとき、成長率の低さに着目している。欧米諸国に比べると生産性の低さも目立つ。日本人はとても手際がよく、教育水準が高い。時間をかけて培ってきた技術力もある。にもかかわらず成長率や生産性が低いのは、驚くべきことだ。
 背後にある最も大きな問題は、デジタルトランスフォーメーション(DX)への熱意があまりないことだと私は見ている。現在の企業はデジタル技術を生産や流通に使うことでデータを測定したり、分析したりすることが求められる。これができれば日本の会社も生産性が高まるはずだが、実際にはそうなっていない》

もちろん、苦言ばかりではなく、日本企業のポテンシャルを高く評価する声もあります。
その筆頭が、文庫化に当たって追加収録されたウリケ・シェーデ氏(米カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)の講義内容です。

ドイツ出身の経営学者で、9年以上の日本在住経験を持つシェーデ教授は、日本企業の優位性の研究で注目されている人。本書の講義でも、副業・兼業の急増などの近年の変化の中に日本の希望を見いだしています。

いずれにせよ、本書は経営学の最前線が概観できるとともに、経営学の巨人たちがいまの日本企業をどう捉えているかもよくわかる内容なのです。

中小企業経営者にとっても、経営改善のヒントがちりばめられた書と言えるでしょう。

広野彩子編著/日経ビジネス人文庫/2023年10月刊
文/前原政之

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